391 テリーヌとゴング
次に出てきたのは、ガラスのプレートにルッコラなどハーブを散らし、下にグリーンピースムース、真ん中にウズラの燻製卵を挟み上にタラのすり身でできたムースをひらいたエビで包んだテリーヌだった。
その上には、赤ワイン入りの寒天が細かく刻まれかけられていて、客人達の目に鮮やかに映る。
「まぁ。これは彩りだけでなく、とても冷たいのですね。滑らかなテリーヌと合わせると、とても面白い食感ですわ。それに海老を初めて口にしましたが、とても甘くて美味しいのですね」
エリザベート妃殿下が榛色の目を輝かせテリーヌを褒めると、すかさずテレサがエリザベートとの会話の糸口を掴み、カトリーヌへと会話を繋げた。
ーさすがだわ、テレサ様。円卓だから流しテーブルより両隣に話しかけやすいってのもあるけど、会話の繋げ方が上手いわね。
カトリーヌは元皇女とはいえ、現在は公爵夫人なので他国の王族であるテレサに最初に声かけができない。テレサの声かけで、少し戸惑った感はあれど無難に会話をしているようだった。
ーわりと普通に会話しているわ。まぁ一国の王妃様に次期皇太子の奥さんだもんね。
陽子さんは、もぐもぐと口を動かしながらテリーヌを口に運んでいた。
今回の顔合わせの事について訪ねてきたアルヘルムが帰った後、マリアからカトリーヌへの対応は用心した方が良いとは言われていた。
同じ事をアルヘルムも考えていたらしく、カトリーヌの隣にはテレサとタクシスが配置された。
カトリーヌは自分より上と思う相手、つまり皇帝皇后、義理の兄姉達には弁えた態度をとるが、自分より格下だと思った相手には尊大な態度をとるかもしれないとマリアは心配をしていたからだ。
以前のバルクならともかく、ズューデン大陸との交易の窓口をこれから担い、クリスタルガラスで破竹の勢いがあるバルク国王アルヘルムやテレサに対しその心配は少ないが、アデライーデはカトリーヌの妹になる。
公的にはアデライーデの方が身分は上だが、私的な立場で言えば妹なのだ。カトリーヌの性格ならその線でマウントをかけて無理難題なお願いをされないかと皆は心配していた。
確かに帝国での輿入れ前の披露宴で会った時のカトリーヌの印象は良くはなかった。だが、今回の午餐会の出迎えの時に、陽子さんは少しカトリーヌに違和感を覚えていた。
アメリーが帝国から来るたびに帝国での噂話を聞いていたマリアから、カトリーヌが帝国でアデライーデの名声が高まるごとに少し対抗心を持っているような事を言っているのを耳にしていた。
アデライーデが輿入れした後のカトリーヌの噂と、バルクの急激な発展はアデライーデの力に依るものが大きいという噂をカトリーヌが気にしていて、特にエリアスとの結婚後に、自分だったらもっと上手くやれたというようなニュアンスの事を夜会で言っていると噂になっているらしい。
派閥も違うアメリーの耳に入るくらいだから、かなりな噂だとマリアは言っていた。
その事を思い出してエリアスをチラリと見るが、エリアスはメラニアとテリーヌについて穏やかに談笑していた。
ーマリアから聞く限り、二人は貴族的な政略結婚って感じなんだけど、それなら奥さんがいくら妹相手とはいえ、一国の正妃のやり方がねぇ…なんて、社交的にまずい言動をしたら速攻注意しそうだけどな。立場的に言えないのかしら。うーん。さっきから奥さんとは視線も合わせない感じなのよね。
円卓だからこそわかりやすいのだが、見ているとアルヘルムやタクシスは時々テレサやアデライーデ、メラニアに視線をやってアイコンタクトをしている。
カトリーヌは時々視線をエリアスに向けるが、エリアスはまるで視線を絡めない。まるで一人で出席して当たり障りない社交をしているような感じである。
ーうーん。アメリー達は恋愛結婚だったからかもだけど、微笑ましいものが感じられたんだけどな。普通に貴族の政略結婚だったらこんなものなのかしら。
陽子さんの目にカトリーヌとエリアスには、アメリーとコーエン達にあるような新婚らしさが全く感じられなかったからだ。フリードリヒご夫妻は結婚して何年にもなるからか、安定感というか熟れ感みたいなのが感じられるのだが。
でもまぁ、離宮に引っ込んでアルヘルムやタクシス以外の貴族はアメリー達しか知らない陽子さんは、他と比べようがない。
視線をずらすと、ダランベール侯爵はタクシスと何か熱心に話している。
タクシスを見るとシャンデリアやガラスの食器に視線をやったりしているから、多分クリスタルガラスの説明をしているのだろうと、陽子さんはテリーヌの中に入った燻製たまごを口の中に放り込んだ。
「この燻製たまごは我が妹であるアデライーデ、貴女が作らせたんだって?」
不意打ちである。今までアルヘルムと話していたフリードリヒが少しくだけた口調で、アデライーデに話を振ってきた。
フリードリヒもまた、アデライーデと同じようにエルンストの血筋を色濃く受け継いだようで、濃い金髪と鮮やかな蒼の瞳を持ちアデライーデと並ぶと兄妹だなと思う容姿だ。
でも、会うのは二度目だが。
「はい、殿下」
アデライーデがにっこり笑って応えると、フリードリヒはくすりと笑った。
「今まで残念な事に親交を深める機会がなかったが、これからはぜひ、兄妹としての交流を持ちたいと思っていてね。私の事を兄と呼んでくれないかい」
かーん!
予想されたフリードリヒの言葉に、陽子さんの頭の中で社交と言う名のゴングがなった。




