378 白いピザと乳搾り
「うんまい! チーズが濃いなぁ」
「あぁ、ずっしり腹にたまるのがいいな。おかわり!」
「俺もだ!」
離宮の兵士達は賄いの丸チーズで和えたケーゼシュペッツレを口にかき込むと、先を争っておかわりの皿を差し出し、茹で役は2つの大鍋を駆使してシュペッツレを茹で、チーズ番はわんこそばのように茹で上がるシュペッツレをひたすら混ぜ続けたという。
かなりボリュームがあるはずのケーゼシュペッツレだったが、訓練終わりの兵士達の胃袋には敵わなかったらしい。
アデライーデは試作の時のアルトの不安も尤もだと思い、すぐにレナードを呼びヘレーナのチーズを賄いに使っても失礼にならないかと尋ねた。
「アデライーデ様はすでに贈り物を確認されております。お下げ渡しであれば問題ございません」
これが帝国や国レベルからの贈り物であれば下げ渡し先を考えなければならないが、昔から友好的な隣国の伯爵家の奥方からの個人的な贈り物なのである。
「贈り物は、贈られた方がその品を確認する事でその役目を果たすのです」
レナードが付け加えた言葉に、ちょっと日本の贈答品と似ていると陽子さんは思い、無事にチーズは賄いに出されることとなったのだ。
翌日の午後のお茶の時間に、アデライーデはアルトから「昨日の夜の賄いでは兵士達に大好評でございました」報告を受けた。
用意したシュペッツレは、あっという間に兵士達のお腹に収まり「足りないぞ」と不満が出たので、急いでジャガイモを茹でてだしたとアルトは苦笑いをしながら報告を付け加える。
「シュペッツレだけでなく、今度から小さなクヌーデルも作るようにしました」
「あぁ、あれね。もちもちして美味しいわよね」
クヌーデルとは、ジャガイモと小麦で作るもちもちのお団子である。赤ん坊の握りこぶし程度の大きさに丸め肉料理に添えてソースを余すところ無くつけて食べるジャガイモ料理である。
おやきのように中に色んな具を入れたりと、アレンジもできるクヌーデルはアデライーデの好物でもある。
「お礼状に書く事が増えたわね」
「さようでございますね」
アデライーデは、丁度朝から村の牧場にヘレーナから贈られた牛や豚やヤギ達を見に行って帰ってきたところだった。
牧場は湖を挟んだ離宮の対岸の所にあり、アデライーデの村の散歩コースとは大きく外れた場所だったので今まで気が付かずにいた。
牧場に行くということでマリアから、動きやすい庶民の服に革のブーツをご用意致しますと聞いて、黄色のブラウスに赤のベストとピンクのスカートは無いかと尋ねてみたが、マリア的に黄色の上着にピンクのスカートの取り合わせはないらしく「アデライーデ様には少し子供っぽいかと」と言葉を濁された。
そしてマリアが用意した服は、青のワンピースに白の編み上げブーツだった。
ークララだわ!
ハイジの服を却下されて、ちょっと落ち込んでいた陽子さんの気持ちはクララの服で爆上がりである。
ハーフアップに大きな青のリボンをつけてもらいご機嫌になって馬車に乗り込んだ。
ークララが立ったごっこをしたいけど、それを説明するのは無理よね。
心の中だけで妄想して馬車に少し揺られると、離宮の牧場が見えてきた。牛達は訪問者が珍しいのか、牧場のあちこちからゆっくりと寄ってくる。
馬車が出迎えの牧場の人達が並ぶ場所に着くと、村長が馬車の扉を開け、アデライーデが馬車を降りる為に手を差し出してくれた。
ーこの人がいたわ!
太い白髪の眉と口ひげと顎髭。
そう、おんじにそっくりなガリオンである。
ちょっとだけクララの気分になれて、馬車を降りた。
「アデライーデ様、お待ちしておりました」
「お出迎えありがとう。急に牛達が増えて大変じゃない?」
「いえ、この程度の頭数であれば問題ございません」
ガリオンの案内で牧場の中に入り、贈られてきた牛達の説明を聞くととても良い乳牛らしい。ここでは朝早くにヤギや牛達の乳を搾り、フレッシュチーズを作って離宮はもちろんのこと、村にも毎朝配達をしているという。
牛の乳搾り体験は最初こそ上手くいかなかったが、何度か牛の乳首をむにむにやっているとコツを思い出したようで、ちゃーちゃーとお乳を搾れるようになった。
ー25年くらい前に薫達を牧場見学に連れてった時に何度かやったことあるからね。でも、力加減が難しいわ。
「中々手つきがよろしいですな。アデライーデ様は乳搾りもお上手だ」
ガリオンに褒められ、気をよくした陽子さんは頑張って搾った。と、言ってもコップ一杯程度なのだが…。
その後、アデライーデはヤギの乳搾りやフレッシュチーズづくりの見学し、仔ヤギに草やりをして憧れのハイジごっこを楽しんだ。
そしてお待ちかねの昼食は、なんと白いピザだった。
丸いうすーい生地に薄切りの玉ねぎと刻んだベーコンが散らしてあるが、あの赤いピザソースの代わりに白いクリームっぽいものが塗られているが、見た目は完璧なピザである。
「これは何ていう料理なの?」
「フラムクーヘンといって、私達がよく昼食に食べるものです。アデライーデ様にお出ししてもよろしいのかと迷ったのですが…」
フラムクーヘンを出してきた陽に焼けた顔をした太った年配の農婦が緊張気味に説明し、ちらちらガリオンに目をやる。
アデライーデが明日牧場の見学に来るとガリオンから知らされた時に、牧場の皆は驚いた。乗馬を嗜む貴族女性はいるので馬のいる厩舎の者は慣れているが、牛舎にくる貴族はそうそういない。先代様も当代様も、ここに来たことはなかった。
牧場始まって以来の珍事である。
失礼があってはいけないと、牧場の牛の落とし物も念入りに片付けて掃除をして家畜達も洗い、もてなしの飲み物はワインで良いかとガリオンに尋ねると、昼食の用意も頼まれたのだ。
とてもアデライーデ様にご満足いただけるようなものは出せないと言ったが、ガリオンは普段のもので大丈夫だと言って帰っていった。
「アデライーデ様なら、このようなもてなしをきっと喜ばれると思いまして、私がお願いしたのですよ」
ガリオンは笑いながら、アデライーデのグラスに白ワインを注いた。
「ええ! とっても嬉しいわ。食べてもいいかしら」
「はい。どうぞお召し上がりになってください」
アデライーデの笑顔に、ホッとした農婦の顔にやっと笑顔が浮かんだ。
村の牧場のイメージはこちらの動画です!
ハイジの歌付きなので音量注意です〜
https://youtube.com/shorts/0x08ZC3_1vo?si=xuCP_U8DQrJT-gus
鹿屋市鳴之尾牧場
https://www.kagoshima-kankou.com/guide/10333
クヌーデル
https://macaro-ni.jp/5707
フラムクーヘン
https://inmytempo.com/flammqueche/




