37 バルク国に入国
「お初にお目にかかります。フローリア帝国 第7皇女アデライーデ様。私はバルク国宰相 ブルーノ・タクシスと申します」
宰相と名乗る男性は年の頃は30前後、濃い茶色の髪にヘーゼル色の瞳をした厳つい顔をしたタクシスは少し緊張した面持ちでアデライーデに挨拶をする。
ここは国境の近くの草原。
バルク国の用意した大きなテントの中で行われる引き継ぎ式で、初めてタクシスと対面した。
午前中に少し離れた場所でアデライーデ達はテントを張って、その中で着替えをし身嗜みを整えての対面であった。
「初見の印象は大事ですからね」
マリアは、ここぞとばかりにお飾りを吟味しアデライーデを着飾らせる。
国を跨ぐ輿入れの際、国境で母国の護衛騎士から相手国の護衛騎士達に引き継ぎをされる。警備の責任問題からの慣例だ。
輿入れのお道具は荷馬車ごと相手国に引き渡され、皇女の住む宮殿で互いの国の担当文官達の間で確認しあって引き渡されるのだ。
--朝着替えたのに…。そりゃ早着替えの練習は必要な訳だわ。
それでもマリアに言わせると馬車の中でのドレスと謁見用のドレスは違うらしい。確かに馬車の中ではパニエっぽいものは付けなかった。
「アデライーデでございます。タクシス宰相閣下、国境までお出迎えをありがとうございます」
アデライーデはそう挨拶をして、淑女の挨拶で返す。
--30くらいかしら…。グランドール様も若いなと思ったけど、この方はもっと若いわ。薫とあまり変わらないくらいかしら。
アデライーデに続きグランドールの名代のヨハン・ベックも挨拶をすると、「遠路遥々、お疲れでございましょう。どうぞ、こちらにお茶のご用意をしております」タクシスに勧められ、アデライーデが席に着き文官とマリアは後ろに控えた。
簡易テーブルの上にはクロスがかけられ、可愛らしいオレンジ色の花のティーセットで紅茶が用意された。
帝国で飲んでいた紅茶とは違い、バルク国の紅茶は少し渋みが強い。
が、添えられた蜂蜜を入れるとその渋みもまろやかになり、程よい甘さになる…
「美味しいです。蜂蜜を入れるとまた違った味わいになるんですね」
タクシスは、ホッとしたような顔で「お口にあって幸いでございました。この蜂蜜は紅茶に入れても色を損なわない、我が国自慢の蜂蜜です」
蜂が集める花の種類によっては、紅茶に入れると黒く変色する事があるがこの蜂蜜は全く色を損なわず、砂糖とは又違った味わいがある。
「ええ、これからこの紅茶を飲めると思うと楽しみですわ。それと…先日陛下と皇后様とバルク国の海老をいただきました」
「なんと…我が国の海老をですか?」
「ええ、陛下がバルク国ではお祝いの席に欠かせないものだとお聞きしたらしく、輿入れをする私に食べさせたいと取り寄せてくださったのです。新鮮でとても美味しかったですわ。陛下も初めて食べたそうですがとても美味しいと褒められていましたわ」
アデライーデは、にこにこと海老を褒めまくっていた。
「それはとても光栄な事です。両陛下にお喜びいただけるとは…」
タクシスは驚きを隠せないようだった。
海老を生きたまま運ぶのは難しい。水車に入れて運んでも鮮度が良いのはせいぜい1日程度だ。馬を宿場ごとに乗り継ぐ早馬を飛ばしても3日はかかる帝都まで新鮮なまま運ぶとは…。春のこの時期どれだけ大量の氷と馬や人員を使ったのだろう。
……忘れられた皇女として陛下に捨て置かれたと聞いていたが、その皇女の為に、わざわざ大変な労力をかけて我が国の海老を取り寄せるだろうか。
しかし、目の前で嬉しそうに話すこの可憐な皇女が嘘を言っているようには見えなかった。
しばらくすると、用意が整ったとの知らせが入りアデライーデ達は騎士達への慰労と別れの挨拶をした。
ここから帝国の馬車からバルク国側が用意した馬車に乗り換え、バルク国の騎士達に護衛されるのだ。
テントから馬車へのエスコートをタクシスがしてくれた。
用意された馬車に乗り込むと、マリアがグランドールの名代のヨハン・ベックから聞いた今後のスケジュールを教えてくれた。
王城につくと、侍従長の挨拶を受けひとまず客間に通される。
そして、そこで旅の疲れを落とし着替えてから夫となるアルヘルム様に到着のご挨拶をし挨拶が済めばお二人で晩餐をとるとのことだった。
そして明日、ご家族へのご紹介と重鎮たちへの紹介。
結婚式まで客間で過ごし、2週間後に結婚式をあげ晴れてアデライーデはこのバルク国の王妃になる。
私、結婚するんだ。
これって、再婚かしら。
長閑な田園風景を眺めつつ、そんな事を考えていたらマリアの声に引き戻された。
「アデライーデ様。バルク王宮が見えてきましたわ」
マリアが指差す方向に、白い石作りの壁と青い屋根を持つお城が見えた。




