365 きのこと小舟
道中すれ違う人達に挨拶をしたり、道端で大道芸をしている妖精達を見て楽しみながら、耳飾りとガラスペンのお店は制覇した。
耳飾りのお店はすぐに見つけたが、ガラスペンのお店を探すのは苦労した。少し入り組んだところにあり、普通の家ではなく三メートル程の崖の土肌をくり抜いた家なのである。
途中で何人もの妖精に声をかけ、ヒントをもらってやっと見つけたのだ。
「お腹空いたわね」
「喉も渇いたわ」
気がつくと、ピクニックに行く時よりもたくさん歩いていた。ここを訪れたことのある侯爵令嬢から唯一「靴は絶対ガーデンパーティ用の歩きやすい靴が良い」と教えられ、履き慣れた靴を履いてきているが、少し座って休みたい。
近くにいた妖精に声をかけると、あっちに『美味しい広場』があると教えられ、地図を見ながらそこに行くとたくさんの屋台が並んでいた。
「お嬢さん達、お腹が空いたのかい? それとも喉が渇いた?」
太った年配の妖精が、広場の入り口で二人に声をかけてきた。
「ええ、お腹も空いているし、喉も渇いたわ。ここにはどんな物があるの?」
「美味しいものなら何でもさ。おすすめはメーア焼きかな。中には肉に魚に甘い果物やクリームが入ってる。リンゴや芋や魚を揚げたものもあるし、砂糖を焦がしたのもある。好きなのを頼むといいよ。ただし!」
「ただし?」
「手づかみでがふっと、かぶりつくんだよ。手づかみで食べるのが、妖精の食べ方だからね」
「ええー!」
貴族の食事にはカトラリーが必須である。手づかみで食べて良いのは、クッキーなどと限られている。
二人が戸惑っていると、太っちょ妖精は大笑いした。
「ここは妖精の国だからね。郷に入っては郷に従え。楽しむといいよ。あ、あっちから屋台を見るといい。ほれ、これを渡しておくよ。注文するときに見せるんだよ」
そう言って太っちょ妖精は、マティルダに手のひらサイズの木の輪切りを手渡した。それには番号が書かれている。
言いたいことだけ言うと、太っちょ妖精は「じゃあ!」と明るく手を振って別の人のところに向かった。
ピクニックでも従僕達が日傘つきのテーブルを用意してくれる。パーティの時にはスティックは必需品なので、持ってきてはいるが…食事を手づかみなんて…と、ドロテア達は戸惑っていた。
「とりあえず、屋台を見てみましょうか」
「え、ええ」
屋台を覗くと、茶色の魚がきれいに並んでいた。
その後で銅板らしき板に何かを流し込み、ばたんばたんとしながら、妖精達が魚をつくっている。料理をしているところなんて見たことがない二人は、目をまんまるにして茶色の魚が焼き上がるのを見ていた。
近くにいた妖精に声をかけて尋ねると、これは魚の形をしたメーア焼きという食べ物だと教えてくれた。あちらには一回り大きな丸いやつで中身は同じだが、倍の量の具が入っているオオカミ焼きというものがあると指さす。
確かに指された屋台の前には、子息達が群がっている。お腹は空いているがあそこには行きにくい。そして二人はメーア焼きの中からクリーム入りといちごのコンポート入りのメーア焼きをそれぞれ頼み、あとは「色んな物が食べたいならこれが良い」と勧められた「淑女向きの小舟2人用」を注文した。
そして、太っちょ妖精に渡された番号付きの木の輪切りを見せると、「こっちについてきて」と屋台の裏手に連れて行かれた。そこにはすでに何組もの人達が座って食事をしている。無論紳士淑女ともにメーア焼きやオオカミ焼きを手づかみで食べている。とても楽しそうに。
「ここにキノコをはやすからまってて」
「?! キノコ? 生やす?」
なにを言っているのか分からなくて、待っていたらがっちりとした腕の男の妖精が三人、一抱えもあるような赤いキノコを肩に担ぎ、歩調を合わせてずんずんとやってきた。
「ふんっ」
がっちり妖精は、とんとんと二つ赤いキノコを地面に置く。最後に丸太のテーブルをキノコの間に置いた。そして何も言わずにがっちり妖精達は、足並みをそろえて消えてゆく。
確かに…キノコが生えた。いや、正確には置かれた。
「どうぞ、キノコに座ってね」
「え…えぇ」
キノコの赤いカサを触ると、ベルベットの手触りがする。所々にある白い模様は毛糸のボンボンでできていて軸の部分は木でできていた。
座り心地は悪くない。中にしっかり綿が詰められているようでふかふかである。
案内役の妖精は、木札と同じ番号のついた長い脚の燭台を置いて「飲み物は何がいい? コーラにレモネード、ベリーと葡萄のスカッシュがあるわ。あとは蜂蜜酒かな」と聞いてきた。
バルクの『瑠璃とクリスタル』で飲んで、お気に入りになったマティルダ達は、迷わずコーラを注文した。すぐに妖精は麦わらストローを挿した木のジョッキに入ったコーラを持ってきた。二人は乾いた喉をコーラで潤す。
「そういえば、紅茶はないの?」
さっき言われた飲み物の中に紅茶がなかったと気がついて、給仕をしてくれている妖精にドロテアが尋ねた。
「ごめんなさいねぇ。妖精の国にはお茶がないから、温かい飲み物は白湯だけよ」
「え、白湯だけなの?」
「だって、ここは人間界とは違うもの。あ、ハーブがたっぷりの温蜂蜜酒ならあるわよ」
妖精はおかしそうにそう言うと、丸太のテーブルにガラスでできた呼び鈴を置いた。その呼び鈴はすずらんの花の形をした薄い茶色をしていた。
「追加で頼みたいものがあったら、それで呼んでね。お花摘みに行きたい時もね。あ、船が来たわ」
男の妖精が丸太のテーブルの上に「おまたせしましたっ」といい匂いのする『それ』を置く。
30センチ程の小型船の模型に、フライドポテトに粉砂糖のかかったフライドアップル。一口大のソーセージドック、サイコロのような卵焼きに宝箱の中に琥珀糖と淡雪、カルメがふたつずつ、サンドイッチのように横向きに置かれたミルクレープ。小さな樽の中にははちみつレモンソースのかかったミルク寒天。横には櫂に似せた木のスプーンが乗せてあった。
そう、フォルトゥナガルテン版女性向けの舟盛りである。
「まぁ!」
二人は琥珀糖と淡雪に目が釘付けになる。両方とも貴重なお菓子で、王宮の夜会くらいでしか口にできない。他にも見たことがないお菓子がある。
「おいしいわよぉ。迷いながら食べてね」と、給仕の妖精は木のフィンガーボールと茶色の麻のナプキンをテーブルに置くと、にっこり笑ってすずらんの音のする方へ向かっていった。




