356 翠緑のドレスとソファ
ガタゴトガタゴト……
馬車三台と二台の荷馬車が、バルクに向かう道を進む。
前の馬車にはアメリーとコーエンとアメリーのばあや。後ろの馬車にはノイラート卿と老侍従、その後ろの質素な馬車にはメイドと従僕が二人ずつ乗っている。
荷馬車には、アメリーのドレスや仕事道具を始めとして気に入りの家具や絵画がしっかりと梱包され積まれている。
屋敷と工房の建設が始まったばかりで、ふたりはしばらく村のコーエンの家に住む。貴族の嫁入りには少しばかり荷が少ないが今のコーエンの家であれば丁度いい。
以前よりはるかに良くなった街道は、バルクと帝国を行き交う馬車で賑わっていた。
婚約式をしたとはいえ、結婚前ということで二人っきりにはなれない。しっかりばあやがアメリーの隣にいるが、それでも同じ馬車、目をあげればはにかんで笑うアメリーがいるだけで、コーエンは幸せに包まれていた。
馬車はゆっくりとバルクに向かう。
数日後、村に着いた花嫁一行はすぐにコーエンの家にいるメイドのおばあさんたちと顔合わせがあった。ばあやは同年輩のおばあさんたちとすぐに打ち解け、若いメイドや従僕も素直に皆の指示に従い、テキパキと嫁入り道具をコーエンの家に収めてゆく。
それまで寝室と客間以外、ほぼ荷物のなかった殺風景な二階に華やかさが灯る。
一室にはアメリーの仕事部屋も設けられた。
七日後の結婚式は、王都の小さな教会で執り行われる。そこで親族だけの式を挙げるのだ。バルクに着いた翌日、さっそくアメリーは父と、ばあやを伴いドレスを頼んでいた王都のメゾンを訪れた。
そのメゾンはレナードの紹介で、バルク王室御用達のメゾンである。アデライーデから結婚の祝いに下賜された生地を扱うのだから信用のおけるメゾンでなくてはならないというレナードが、そのメゾンへの紹介状を書き、生地は下賜された翌日にはそのメゾンに送られていた。
その数日後の午前中にアメリーがメゾンを訪れると、すでにレナードから経緯を知らされていたメゾンのマダムがにこやかに出迎えてくれた。
まずは、分厚いドレスのデザイン帳を見せられ、好みのものをいくつか選ぶように言われた。
時間がかかるのを見越してか、茶菓子を添えられたお茶が出される。
デザイン帳をめくると、伝統的なラインのドレスから、最近バルクで流行りのドレスラインまでが描かれていた。
わくわくしながらページをめくり、迷いに迷ってアメリーは伝統的なラインのドレスを三つ選んだ。
「こちらのようなドレスラインがお好みで?」
「はい。頂いた生地が素敵ですので、それを生かしたドレスにしたいと思います」
「そうでございますか」
母が生きていれば同じくらいの年齢に近いだろうと思われるマダムが、にっこりと微笑む。
マダムはサラサラと、真新しいデザイン帳にアメリーが選んだドレスラインを元に、少し華やかさを添えたドレスを描き起こしていく。
襟元や袖丈、袖山のふくらみ・スカートのドレープ具合と細やかな、それでいて重要なポイントをマダムは丁寧にアメリーに尋ねる。
そして、アメリーも口ではうまく言えない要望を絵で描いて返すと「お嫁様も絵を描かれるのですか?」と、話は盛り上がった。
職種は異なれど、同じ絵を描くものとして楽しい時間を過ごした。
軽い昼食をマダムとおしゃべりしながら頂き、午後はお茶を飲みながら細かな採寸や試着用のドレスを着て楽しい時間を過ごしていると、すっかり日は傾いていた。
メゾンを出る時にマダムは、にこやかに「どうぞ、仕上がりをお楽しみに」と見送ってくれたのだった。
個室に通されると、トルソーに着せられた落ち着いた翠緑のラインが美しいドレスがアメリーを待っていた。
「まぁ…!」
翠緑とは、カワセミの羽色のような鮮やかな緑色の事である。カワセミは、その外見から「渓流の宝石」などと呼ばれている美しい鳥である。
下賜された生地はシルクタフタで、複雑な花紋織りで織られており、動くと花の陰影が上品に見え隠れする。ラインがシンプルなデザインなので、生地の良さが際立ち、たっぷりととられたスカートの流れるようなドレープが美しい。
「さすが帝国の皇女様からのご下賜品の生地ですわ。生地も織りも染めも最高級のものでした。私のメゾンも、このようなお品に触れさせて頂き光栄でしたわ。きっと、御婚儀は素晴らしい日となりますわよ」
マダムは、ドレスに見入るアメリーに試着を勧め、細かなところの最終チェックをはじめた。
本来ドレスの最終チェックを見守るのは、母親の役目だが、ばあやがそれに代わりノイラート卿は、静かにソファでそれを見守っていた。