354 御典医と名前
「変わらず、正妃様のご体調に問題はありませんな」
アルヘルムが連れてきた典医は、一通りの診察を済ませるとマリアに向かってにこりと笑った。
「ありがとうございます。御典医様のお墨付きを頂けて、みなさん安心すると思います」
「なに、季節の変わり目の風邪ほど怖いものはありませんからな。尊い御身です。大事をとるにこした事はありません。念の為に薬をいくつかお渡ししておきましょう」
典医はそう言うと、おつきの見習い医に何か指示を出していた。
ーだって、ただの寝不足だったんだもの。
そうは思うが、心配をさせた事に変わりはない。
ーこんなに大事になって、実は夜中にこっそりウニを口にして朝まで叱られていました…なんて、恥ずかしくて今更言えないわ。
アデライーデの体調を心配する皆を安心させるため、試食の前にも御典医の診察を受けている。何でも王族の場合は、少し時間をおいて二回診察するのが昔からの決まり事なのだと御典医から教えてもらった。
「ところで、ウニとは美味なのでございますね」
「あの、召し上がられたのですか?」
「えぇ、陛下よりお前も食せとの仰せがございました。これから王宮で流行るだろうからと。私どもは陛下の食事の検分もいたしますので」
御典医たちは、王宮でアルヘルムから見せられた風土記に目をとおし、厨房でアルトからも説明を受け調理の一部始終を確認し毒見をしたという。
「大変だったのね」
「アデライーデ様。 ふ、つ、う、は、見慣れぬ生き物を、簡単には口にしないのでございますよ。毒があったら大変ですからね」
笑ってない目でマリアが、噛んで含ませるように優しく教えてくれる。
ハイ。ゴシンパイハ、ゴモットモ。
ーそう考えたら毒のあるフグやコンニャク芋なんかを、どうにかして食べようとしたご先祖様って果敢なチャレンジャーよね。きっと今みたいに周りに止められたんでしょうね。
レナードやマリアの心配もわかるが、ウニは食べられると知っている。むしろ好物だったと言えない陽子さんは、曖昧に笑ってマリアから目をそらした。
この年の冬、王宮の晩餐会で披露されたアルトのウニ料理が貴族達を魅了し、バルクに行かなければ食べられない冬の名物料理となる。
その後、バルクを訪れた他国の貴族達から、この大陸の海沿いの国に少しずつ伝わり、たくさんのレシピが作られ広くウニは食べられるようになった。
ウニの受難の歴史の始まりである。
ちなみにアルトはウニ料理をはじめ、トンカツや数々の料理、菓子を世に送り出した偉大な料理人として後年バルクの歴史に名を残す。
もちろん、自分の名を世間に出すのを嫌がったアデライーデの画策によって。
今回はウニ騒動?の顛末記なので、ちょっと短いです。
書籍化の方ですが、着々と進んでます!(*^^*)
アオイ冬子先生の表紙ラフを見せて頂いているのですが、本当に素敵です!
書籍化なんて夢のように思っていましたが、送られてくる物をみて、現実なんだとじわじわと実感しています!