35 ソファで
アデライーデが部屋を出ていくと、静寂が訪れた。
先程までのあたたかさが嘘のように、しんとした部屋は急に広くなったように感じた。
「泣いているのか」
「え?」
ローザリンデが頬に手をやると確かに涙が頬を伝っていた。
「気が付かなかったわ…」
エルンストはローザリンデに向かい合うと指で優しく涙で濡れたローザリンデの頬を拭う。
「ベアトリーチェとは私、お友達だったのよ」
「ああ」
「10も下だったから、妹がいたらきっとこんな感じでお茶をしただろうなって思っていたわ」
「楽しかったかい?」
「ええ、お茶会って楽しい事だって、ベアトリーチェに教えてもらったわ」
ローザリンデの涙は止まらない。
「アデライーデはベアトリーチェにそっくりでびっくりしたのよ。生まれ変わりかと思ったくらい」
「私もだよ」
「私、お母様って言われてすごく嬉しかったわ…」
「……」
「皆に自慢したかったの…私の娘よって」
「私もだよ」
「貴方、挨拶の時にちゃっかり言っていたじゃない。『我が娘』って」
エルンストを軽く睨んでローザリンデは言う。
「君はアデライーデにお母様って言わせていたじゃないか。しかも高座を降りて、皆の中まで迎えにまで来て」
「だって、貴方アデライーデとダンスを踊ったじゃない。しかも2曲も」
くっくっと、エルンストが笑うとローザリンデは口を尖らせた。
エルンストはローザリンデを、ソファに座らせた。
「今気がついたけど、私他の妃達が羨ましかったのかもしれないわ」
「そうなのかい?」
頬に残った涙の筋を、親指で優しく拭き取るとローザリンデの額にキスをした。
エルンストは気がついていた。
ごくたまに…
茶会の時に妃達にまとわりつく王子達に。
夜会の時になにか妃にわがままを言っている皇女達に。
完璧な笑顔に、ガラス玉のような焦点が消えた目をする時があった。
すぐにもとに戻るが…
「だから、アデライーデとお揃いの石のティアラにしたのかい?」
「いいでしょ?だって私の瞳もベアトリーチェと同じ碧なんだもの」
「いつだったか、たまたま似ている髪型になった時に侍女たちに仲の良い姉妹みたいって言われたもの」
帝国の貴族には金髪や碧の目が多い。
ベアトリーチェもローザリンデも美しい碧の目をしている。
ローザリンデはその瞳に勝ち気さを、ベアトリーチェは穏やかさを表していた。
「それは、私も見たかったな」
「だめよ。女同士のお茶会なんだもの」
ローザリンデは笑う。
ローザリンデは、冷めてしまった紅茶を一口飲んでティーカップを置いた。
「ベアトリーチェが妹で…貴方が兄弟で…アデライーデが娘だったら…ずっと家族で一緒にいれたかしら…」
「私は兄弟なのかい」
「ええ。私の弟よ」
ローザリンデはエルンストの肩にもたれかかった。
「ほんとよ。ベアトリーチェが妹で…アデライーデが娘だったら…って思ったわ」
エルンストはローザリンデの肩を抱く。
「ベアトリーチェは、怒るかしら…」
「怒ると思うかい?」
ローザリンデは、首を振った。
「きっと…」
「きっと?」
「笑ってくれると思うわ…」




