347 団欒と温室
「やった! 父上に勝ちました!」
テレサともアルヘルムとも何度か勝負をし、最後の最後にアルヘルムから勝利をもぎ取ったフィリップは嬉しそうにアデライーデに満面の笑顔を向けた。
チェスと違って、ペグ・ソリテールは駒の役割もなくルールも単純で覚えやすいので割と勝負も早い。
「フィリップ様おめでとうございます。お気に召されたのなら、お持ち帰りになってね」
「え? でも、これはアデライーデ様のでは?」
「いくつかあるようですし、また作ってもらえば良いですから」
「ありがとうございます!」
ちらりとテレサとアルヘルムを見ると、二人ともしかたないわねという顔をしていたが、フィリップをとめることはなかった。
「このゲーム楽しいですね! 父上母上、王宮に帰っても、またやりましょう」
「そうだな。リベンジをしなくてはな。王が負けたままではいけないからな」
「父上は、母上にもですよね」
……アルヘルムはテレサに一勝もできてない。意外にテレサはボードゲームに強いらしく、圧勝でアルヘルムに勝っている。
「一回勝ったくらいで生意気だぞ」
そう言って、アルヘルムはフィリップの頭をぐりぐりと撫で、テレサはそんな二人に笑顔をむけていた。
‐‐良いわねぇ。一家団欒って雰囲気で。うちも薫達が小さい頃はオセロやトランプでよく遊んだわね。あっという間にテレビゲームになったけど。
ボードゲームやトランプは教えてあげられたが、テレビゲームは薫達に教えてもらい、親子で戦った。子供に大人気だった有名なモンスターの名前と得意技は今でも覚えている。
‐‐小さい頃、親子で一緒の遊びをするって大切な思い出よね。
陽子さんがアルヘルム達を微笑ましくみていると、王宮から付いてきたアルヘルムの侍従が、ワゴンを静かに押して近づいてきた。
「そうだった。それも試作で送られてきていたな。そこのテーブルに置いてくれ。茶でも飲みながらみんなで見よう」
アルヘルムが遊戯室のソファのテーブルを指さすと、侍従は幾つもの蝋燭カバーをテーブルに並べた。
みんなでカードテーブルからソファに移ると、メラニアが並べられた蝋燭カバーに目を輝かせていた。
陽子さんが職人さんに説明していた蝋燭カバーは、四角い筒のように蝋燭にすっぽり被せると、夜でもステンドグラスを楽しめる行灯タイプの照明カバーである。
「アデライーデが頼んだのはこれだったかな」
陽子さんがふらりと寄った、ちょっと高級な百貨店の催事で一目惚れしたスタンドカバーにそっくりな蝋燭カバーを、侍従が恭しくアデライーデの前に置いた。
それは下は水紋のような模様の透明ガラスで、上部には緑のガラスの葡萄の葉と紫色のガラスの葡萄の実が付いた可愛らしい蝋燭カバーである。
「すごい…そっくりだわ」
「そっくり? 同じようなものを持っていたのかい」
ぽろりとこぼした呟きを、アルヘルムは耳ざとく拾った。
「あ、いえ。思い描いていたのと、そっくりそのまま…という意味ですわ。ほほほ…。職人さんってすごいですわね。それに色んな蝋燭カバーがあってどれも素敵ですわ」
‐‐危ない危ない。独り言をいう癖は気をつけないと…。アルヘルム様って耳がいいのよね。
背中に冷や汗をかきながら、話題をそらそうとアデライーデはテーブルに目をむけた。
「色々な形の蝋燭カバーですのね。ほら、これなんて塔のようですわ」
アデライーデが指差した先には、塔や小さな家や教会をモチーフにした蝋燭カバーがあった。
「蝋燭カバーだったら、大型のステンドグラスを作った端材を使えて、貴族だけでなく庶民にも手が出せるかなと思いましたの」
「ふむ、最初はガラスの街で扱うのもいいかもですな。貴族が土産にするには手頃な大きさだ」
タクシスが、心の中でそろばんをパチパチと弾いているような笑顔で蝋燭カバーを手にとった。
「ええ、そうね。色ガラスを使わなくてもクリスタルガラスを使うだけでも価値があると思うわ。少し大きめにして中にお花を飾ったりもできそうね」
メラニアがうっとりとタクシスが手に取った蝋燭カバーを見て呟いた。
「あ…」
「あ?」
本日2度目のアデライーデの呟きは、その場のみんなが拾った…。
みんなの視線を浴びて、アデライーデはドギマギしながらも思い出した事を口にした。
「あ、いえ…。ガラスの街には温室が作られますよね?」
「ああ、貴女の発案で街の中心に温室を作るよ」
「その温室と同じ形で小さなバスケットか鳥籠くらいの大きさのものを作れないかと思いましたの」
「………」
皆が黙ってアデライーデの続きの言葉を待っていた。陽子さんはメラニアの言葉を聞いて現代のテラリウムを思い出したのだ。
小さなガラスの容器に苔や寄せ植えをして、気軽に楽しんでいるテラリウムを。
「えっと…。今のメラニア様の言葉を聞いて、クリスタルガラスの小型温室を作って、お部屋の中で植物を育てて楽しめないかと思ったんです」
「部屋の中の小型温室…」
「ええ、温室って高価なんですよね?」
「あぁ、邸宅よりははるかに安いが、確かに温室を個人で持てるのは王族か高位貴族くらいだな」
この世界の温室はかなりの贅沢品である。その為、温室を作るなら人に自慢できるように大きく立派に作るのである。なにが贅沢かというと冬の間の燃料費なのだ。ひと冬の間、温室を暖め続けるには高額な維持費用がかかる。
なので、普通の貴族はなかなか温室は持てないのである。
「鳥籠程度の大きさで室内に置くなら、冬場の燃料は要らないな。昼は窓辺に置き、夜は暖炉の近くに置いて室内で楽しめる」
タクシスが、静かに置かれた茶に口をつけながら考え込んだ。
「ええ、自室で冬に花を育てるのは楽しそうですわ。温室自慢の夫人もいらっしゃるけど、大抵は庭の奥にある温室に行くまでが、寒くて大変ですもの」
メラニアが、にっこりと笑ってティカップに手を伸ばした。
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
スタートが遅くなり、申し訳ありません(汗)
今年もよろしくお願いします!




