33 秘密の小部屋
3人は宴を中座すると、王族の間に通された。
扉が閉まるのを確認してローザリンデが口を開いた。
「疲れたでしょう?アデライーデ」
ローザリンデはアデライーデを労って声をかける。
「今日は慣れぬことばかりだろうしな」
エルンストもアデライーデを気遣う言葉を優しくかけた。
「はい。緊張しましたけど…でも、とても素敵な経験でしたわ」
確かに素敵な経験だったわ…
素晴らしいドレスを着て煌めく広間で貴族からの挨拶を受けたりダンスを踊ったりなんて映画の中の話でしたからね。
素敵だけど、あれを一晩中なんてみんな体力あるのね…
中座って聞いていたから頑張れたけど、12時までとか言われたらどうしようかと思ったわ。
陽子さんの中でお城のパーティと言えば、シンデレラの中で12時の鐘が鳴っても続いていたパーティくらいしかイメージが無い。
始まる前に、ローザリンデから私達は途中で中座するからねと聞いてホッとしていた。
「飲み物だけだったからお腹空いたでしょう?ここで軽く食べていきましょうか、ね?」
ローザリンデがアデライーデを誘う。
王族の間には、先程はなかった小さなテーブルが用意されていた。
小さいと言っても陽子さんの感覚では6人がけくらいの大きさのテーブルだが、王族の間は天井が高く30畳くらいあるので体感的に小さく見える。
お誕生日席に、ひと目で陛下の椅子と思われる椅子が置かれている。
(ここで食事を取るのは予定に入っているのね)
陽子さんとしては、こんな高価なドレスでの食事はご遠慮したいところだが、ローザリンデに言われて急にお腹の虫が騒ぎ出した。
夕方軽く軽食(高級そうなクッキーを数枚)つまんだ程度だが、緊張していてお腹が空いているのに気が付かなかったようだ。
「私達いつも広間でなにかある時は、ここで夜食を頂くのよ。月の半分はここで食事をしているかしら。もうここは第2のダイニングとリビングルームね」
ローザリンデは侍女に扇を渡すとソファに腰掛ける。
「良かったらドレスを着替えてくるといいわ。私もいつもここで夜食をいただくときはドレスを着替えるのよ。あ!でも。お化粧とヘアメイクとお飾りはそのままでね」
「?」
「取ったときに限って、また呼び出されたりするから… そうされない為のおまじないなの。貴女の侍女にドレスを『着替え室』に用意してもらっているから着替えてリラックスしましょう」
そう言うとローザリンデはにっこり笑ってそう言った。
「アデライーデ様」
マリアが斜め後ろからアデライーデに声をかける。
「あちらに…」
そう言って手を示す先はどう見ても壁…
するとローザリンデの侍女が壁をポンと押すとそこがドアになっていて中に空間が見えた…
「こ…お母様が先にお着替えになってください」
陽子さんは遠慮してそう言うと、ローザリンデは「まぁ!ありがとう。でも、私はあちらで着替えるから大丈夫よ」そう言うと、別の侍女がソファの後ろの壁を押した。
いくつ仕掛けがあるのかしら…
「では、お先に着替えてまいります」
軽く挨拶をしマリアに先導され、壁の間に入るとそこはクローゼットとレストルームが付いた窓の無い小部屋だった。
「アデライーデ様!すごくすごくお綺麗でしたわ! 高座にお立ちになっていた時もそうですが、なんと言っても陛下とダンスをされている時が1番素敵でした。ああ、でも皇后様と顔を寄せてお話されているご様子も絵のようでしたわ!」
マリアは扉を閉めた途端、あふれるようにアデライーデの事を褒めまくっていた。テキパキ手が動いていたが負けじと口もよく動く…
あっという間にドレスを脱がされお手洗いに放り込まれた…
本来ドレスを着て入るこのスペースでやっと人心地ついたら猛烈にお腹が空いてきた…
お夜食、ご一緒で正解だったかもしれないわ…
お手洗いから出てマリアにお願いする。
「お飾りとお化粧はそのままでね。ドレスだけ着替えるわ」
「はい、お伺いしておりますわ。若葉色のドレスをお持ちしております」
手早くドレスを着て軽く髪とメイクを整えてもらっている間、小部屋を見回すと陛下たち二人の普段着?の端の方に侍女のドレスやメイド服、騎士や侍従の服も見える。
視線に気がついたようで、マリアが説明を始めた。
「あれは有事の時の両陛下の変装用のご衣装ですわ。普段はこちらで着換えをしたりとお使いのようですが、有事の際の避難部屋との事ですわ。この部屋の場所は両陛下の他は皇太子ご一家と極少数の使用人しか知らない場所らしいです。今は皇太子様がお決まりになっていないのでご利用になるのは陛下たちだけだそうですが…。私もそんなお部屋があると噂で聞いていましたが目にしたのは初めてです。私は生涯誰にも漏らさないとの誓いを立てて、特例という事で入らせていただきました」
マリアも色々あったようだ。
「そんな大事なお部屋を使っても良いのかしら」
「それだけ、両陛下に大事にされているのですよ」
マリアは優しく笑うと「さぁ、終わりましたわ」とブラシを鏡の前においた。
支度が済み、王族の間に戻るとすでに着替えを終えたローザリンデとエルンストがソファでくつろいでいた。
アデライーデより遅く着替え始めたはずなのに、二人は紅茶を飲み終えようとしていた。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「良いのよ。私達は早着替えなの。練習させられるのよ」
「え?」
「式典が多いと何回も着替えないといけないからな」
エルンストはため息をついてティーカップを置くと立ち上がってローザリンデの手をとった。
「さぁ、アデライーデの祝いをやり直そう」
「ええ、私達だけのお祝いをね」
3人は、完璧に整えられたテーブルに向かった。




