329 砂糖とタネ
「婚約おめでとう。それでいつ婚約式なの?」
「ありがとうございます。バルクでは十日後で帝国では、来月ノイラート卿側の準備が整い次第になる予定です」
「お二人共、おめでとうございます!!」
「本当に良かった! お幸せにね」
「どんな婚約式になるか、今から楽しみですわ!」
本日は、コーエンとアメリーが連れ立ってアデライーデに正式に婚約が整ったと挨拶にやってきた。正式な結婚契約書へのサインはバルクでの婚約式当日の午前中にするのだが、お互いの両親も認めているから、正式な婚約者と言って良い。
アデライーデをはじめ、マリアやエマ達に囲まれ口々に祝いの言葉をかけられて二人は、幸せそうに微笑んでいる。
「ね、バルクの婚約式ってどんな風にするの?」
アデライーデは婚約式はやってないし、中身の陽子さんも結納は簡単に済ませた。
本来なら仲人を立てて鶴亀の水引細工の付いたスルメや昆布などのお目出度い結納品や、翁媼のお人形を取り交わすんだろうが、お互いの両親も気楽な人達で、当時ではまだ珍しかった食事会で結納代わりとした。
ただ、雅人さんの父は陽子さんの両親の地元の習慣を聞いて、郷里のお酒を一本持って上京し、食事会をしたちょっと高級な料亭に頼んで、大きな鯛のお造りを引いてもらい「これを一升一鯛代わりに」と用意してくれた。感動した陽子さんの父と雅人さんの父は意気投合して食事会は和やかに済み、良い思い出となった。
「バルクでは、婚約式の日に両家がご馳走を用意して、親族や友人みんなで食べて飲んで二人に欲しい品を聞いて、後でみんなで贈りますわ」
--あら、意外に合理的なのね。日本の結納より、欧米の風習に近いみたいね。
「家によって、自慢のお菓子を振る舞ったりしますね」
「そうそう。蜂蜜をたっぷり使っていたり、あまーい砂糖がけのお菓子が多いですね」
ミア達がバルクの婚約式を詳しく教えてくれる。
「帝国と同じなのね」
「ですね。だったら、どこかに頼まないといけないですわ」
マリアとアメリーがそれを聞いて、早速どこかの菓子店に頼まねばと口にした。
「婚約式はどこでされるんですか?」
「コーエン様の家でやろうかと…。私達この村で出会ったので」
エミリアの問いにアメリーは照れながら答えた。
「きゃー! 思い出の場所ですもんね!」
マリア達はあの月の夜の湖畔の出来事を思い出し、さらに盛り上がってゆく。
「婚約式のドレスはどうされるんですの?」
「新年会用にお気に入りを何枚か持ってきているので、その中から選ぼうかと」
バルクも帝国でも婚約式のドレスに決まり事はない。ウェディングドレスも白と決まっているわけではない。ただ、白は汚れやすく管理が大変なので、好んでウェディングドレスに白を選ぶのは王族やかなり高位で裕福な貴族が多いのだ。
男爵や子爵家だと、婚約式にも結婚式にも光沢のある生地で好みの色のドレスを選ぶ。新しく仕立てるか買うか、親から譲られたものをリメイクするかは、その家の財力や花嫁の好みによるところが大きい。
「結婚式のドレスはどうされるんですか?」
「まだ決めてなくて…」
「あぁ、でもバルクと帝国で2度披露宴をされるんですよね? 羨ましいですー!」
「ねー。普通は1度だけなのに」
大変な盛り上がりである。
女子の結婚への熱量に、ちょっと引き気味に後ずさったコーエンの隣で、アデライーデは小声で尋ねた。
「結婚式はともかく、婚約式も披露宴も帝国とバルクでやるとなると、準備が大変でしょう?」
「あ、はい。確かにそうですが、アメリー…嬢があんなに喜んでくれるなら、もう…いろいろ良いかと思いまして。全て流れに身を任せて、あの笑顔だけを見ていようかと。彼女の笑顔を見ていると、それだけで頑張れる気がするんです」
コーエンは、いつの間にかさりげなく大量の砂糖を吐けるようになったようだ。
でも、何故か遠い目をしている。
「いろいろ? 流れに身を任せるって?」
コーエンの話から砂糖をふるい落としながら、気になったところを聞いてみた。
「帝国での披露宴は、今帝国で一番人気の『瑠璃とクリスタル』で執り行うのが、決まりました」
「え? あー、でもまぁ、バルク国繋がりで…かしら?」
「招待客の選定は、皇后陛下がご助言下さると…」
「え??」
「それをお聞きになったメラニア様が、それならバルクでの披露宴もこちらの『瑠璃とクリスタル』でやらねば釣り合いがとれないと…」
「ええ!!」
「屋敷持ちの未来の二国の男爵の披露宴なのだからと」
「え? 屋敷持ち? お家を建てるの? どこに?」
「この村のすぐ近くに土地を賜るので、そこに」
「いつ決まったの?」
「離宮で工房のお話をした翌日に、王宮で正式な工房建設のご下命がございました。その時に、これから国内外に工房を持つようになるのだから、屋敷は必要だとタクシス様に言われました」
コーエンは、マリア達に囲まれて幸せそうにしているアメリーだけを見つめていた。
「なんだかいろいろ大事になって、ごめんなさい。私の話が発端よね?」
--元はコーエンの負担を減らしたくて考えた事なのに、逆に負担を大きくしてどうするのよ!私のバカ!
「いいえ」
申しわけなさげにするアデライーデに向かい、コーエンはにっこり微笑んだ。
「アデライーデ様からの御縁で彼女と出会い、頂いた仕事で名誉男爵となり結婚することができるようになりました。確かに驚く事や戸惑うことが、次から次へと出てくるのですが、それもまた彼女との幸せの為の試練かと。もう、それならどんと来いという心境になりました。これから、彼女がそばにいてくれるのですから、何があってもやっていけるかと思います」
これが所謂パンチドランカー状態なのか、コーエンの驚きの限界値を超えてしまっているらしい。砂糖を吐きながらのこれからの試練への宣戦布告をさらりと口にした。
「そ…そう? 大丈夫そう?」
「はい」
達観したような笑顔でコーエンが返す。
「アデライーデ様、こちらを」
コーエンはポケットから取り出した掌に収まる小箱を取り出すと、アデライーデだけに見えるように見せる。
「あ!」
そこには、新たな試練のタネがキラキラと輝いていた。




