318 カルメと紙芝居
「琥珀糖は国内外で大変な人気でして、常に品薄です。それはそれで付加価値があるのですが、できればそれに次ぐ菓子があれば良いなと思っておりました。この菓子は、手に入りやすい材料でできるとの事ですので、レシピを厳重に管理し、琥珀糖に次ぐ銘菓として取り扱いたいと思います」
そう言ってタクシスは、紅茶に口をつけた。
事実、琥珀糖はたいへんな人気で他国や有力な商会も琥珀糖のレシピには重大な関心を持っている。
琥珀糖は王宮で作られているため、レシピが外に流出することは無い。ならば天草を探し出そうとバルク国内を探しているらしいのだ。
しかし、この大陸では海藻を食べる習慣が全く無く、天草という名前から植物だと思われているらしい。
天草は海岸清掃の名目で、流木や貝殻、他の海藻と一緒に子供や老人を雇って拾わせ、海中の天草採りには、潜り漁の者に海中漁場の整備名目で採らせている。
最初は、ゴミにも等しい海藻を何に使うのか不思議がっていた潜り漁の者たちも、目的の魚や海老、貝が捕れなかった時の日銭になると、積極的に取ってくるようになった。今では海藻とりを専門する女性も出てきている。
採った天草を含む海藻は、教会の救護院に依頼して川で塩抜きされたあと、選別と乾燥のために近隣の寄付の少ない救護院に運ばれる。
選別された天草はこっそり王宮に運ばれ、その他の海藻は堆肥に混ぜ込む肥料として、格安でアリシア商会から売り出している。ミネラルを含んだ海藻は肥料としての評判も良いらしい。
関わった者達が、天草という名前を知ることはない。ただ、こういう見た目の肥料にする為の海藻という認識だ。
誰かが言い出した『正妃様が慈善目的で仕事をお作りになった』という噂で、海藻を畑の肥料にするという理由に納得しているようだ。
「簡単な作り方ですので、いずれ誰かがレシピに気がつくかもしれませんよ?」
「そうかもしれません。それでも、炭酸水と同じように最初に貴族層に名を知られるという事が重要なのです」
「それでしたら、すぐにカラメルソースを連想させる名前は良くないですね。カラメル焼きではなくカルメ焼き…、カルメはどうでしょう」
「名をもじったか。カルメ。うむ、良い響きだな」
「良いですな。上品な響きで貴婦人受けしそうだ」
アデライーデの提案に、アルヘルムとタクシスは頷きあって、残りのカルメを口にした。
--良かったわ。マリアにわかりやすいようにカラメル焼きって言ったけど、何度もカルメ焼きって口にしそうになっていたのよね。これで言い間違えなくてすむわ。
--屋台でぷーっと膨れるのを見て楽しむって事は、当分先になりそうね。でも、バルクの役に立つのならしょうがないか。
ホッとする気持ちと、少し残念な気持ちが入り混じりながら、カルメ焼きに手を伸ばそうとしていたアデライーデにタクシスが声をかけた。
「他のものもお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「え?では、紙芝居から」
新しくできる街もガラスの街にも、今までに無い公衆トイレや交番のシステムを入れるのだが、当然使い方がわからない。なので、紙芝居にして街のあちこちで使い方を広めるのである。
トイレの使い方だけでなく、子供向けに訓話を盛り込んだ話や娯楽話もとりまぜ、紙芝居を見る間に食べるアメや駄菓子を売る。昔の日本でよく見られた紙芝居である。
「人形劇のようなものですか?」
「ええ、でも人形劇と違って1人で出来ますから、色んな話をたくさん伝える事は出来るかなと思います」
この世界の最大の娯楽は、観劇である。王都の貴族やお金持ちの庶民は立派な舞台を持つ演劇場に着飾っていき、庶民は庶民用の演劇場にいく。
演劇場がない町には、旅役者が来た時にテントで作られた舞台を観にくのだが、庶民向けとはいえ舞台の切符はちょっとお高い。
もっと少人数で演じる人形劇は、ぐっとお安くなるが子供向けとはいえ庶民の子供には高嶺の花なのだ。
売られているアメや菓子を買えば最前列で見られ、買わなくても後ろから見て楽しめる紙芝居は、人気が出るに違いないと陽子さんは確信していた。
「フライドポテトの屋台のように、最初はアリシア商会から安く貸し出してあげれば、始めやすくて良いかなと思ったのですわ。人気のあるお話なら安価な絵本にして売るのも、子ども達が文字を覚える良いきっかけになると思います」
文字の読めない人でも楽しめ、新しいシステムの使い方の普及と、一緒に売る安価な絵本で子ども達に文字への関心を持ってもらおうと考えたのだ。
--ふむ…。紙芝居か。町中のどこにいてもおかしくないな。王都もだが、各地へ飛ばす密偵の隠れ蓑にも使える。それに『うわさ雀』としての使い道もあるな。
「それは素晴らしいですな」
「でしょう?」
タクシスとアデライーデの心の内では真逆の使い方だが、紙芝居はこうやって採用が決まった。
紙芝居は日本発祥の芸能として、現在フランスやベルギー、イタリア、スペイン、ドイツ、南米、そして北米で、それぞれの国の昔話の紙芝居にしてのワークショップが行われているみたいですね。




