317 ミルクレープと職人の意地
予約日時を間違えて今日になりました。
すいません(汗)
「えっと…」
タクシスの黒い笑顔に若干引きつつ、アデライーデは昨晩のことを一生懸命思い出そうとしていた。
アルヘルムは話し上手で、「それはなんだい?」「それはどうやって使う物なんだい?」と聞きたがり、お酒も入っていたのでたくさん喋っていたのだ。
「昨晩、他にお話していたのは紙芝居と救命胴衣とカラメル焼きと…」
「ちょ…ちょっと、お待ちください」
慌てたタクシスがアデライーデの言葉を遮り、ふぅと息を吐く。本来目上の者の言葉を遮るのは失礼に当たるのだが、今はそんな事を言ってられなかった。
「大変失礼いたしました。聞き落としてはいけませんので、食事の場で失礼かと思いますがメモをとってもよろしいでしょうか」
「それだったら食事も済んだことだし、居間に移動して食後の茶にしようか」
「そうしてもらえると助かる」
そう言ってタクシスが、傍らの給仕にペンを用意するように伝えると、アルヘルムは席を立った。
居間のソファに座ると、すぐに給仕がお茶と小ぶりなケーキとカラメル焼きを添えたものを、アデライーデ達の前に置いた。
ケーキは飾り気のないシンプルなものだが、側面がきれいな層になっている。
「このケーキはミルクレープと言って、アルトと菓子職人さん達に頼んで作ってもらったものです」
「昨日言ってた、1000枚のクレープって名のケーキってこれなのかい?」
「ええ。昨日のクレープシュゼットを作る時にたくさんクレープを焼くらしいので、ついでに作ってもらいましたの」
そう。今日のデザートは何層にもクレープを重ね、間に生クリームを挟んだミルクレープである。
王宮から離宮に交代で派遣される菓子職人が、アデライーデが作ったレシピを改良する為に、日々工夫を重ね試作をいろいろとつくる。
陽子さんから見たら失敗とは思えないクレープも、彼からすればクレープシュゼットには厚すぎるとか薄すぎるとか、焼色が付きすぎたとかあるらしい。
もちろん廃棄などせずに、使用人たちのおやつや軽食としてお腹に収まるのであるが、それならばとクレープを重ねてつくるミルクレープを教えて作ってもらったのだ。言わばリメイクお菓子である。
アルトは、失敗品をリメイクしたお菓子をアデライーデに出す事を渋ったが、クレープ自体は食べられない訳でないので「気にしない」とのアデライーデの言葉に押し切られた。
が…。
初めてリメイクしたミルクレープを恐る恐るお出しした時に、アデライーデの「美味しいわよね。アルヘルム様にもお出ししようかしら」との呟きにアルトは顔色を失った。
いろいろと規格外のアデライーデはともかく、王に失敗品を使ったミルクレープをお出しするわけにはいかない。
「いいか?絶対に完璧なクレープを焼くんだ」
アルトの指示を受け、菓子職人は頑張った。菓子職人の意地にかけても完璧なクレープを目指し、4台目のミルクレープを作る頃には焼き色も形も厚さも寸分違わぬクレープを焼けるようになったのだ。
恐るべし、職人魂。
アデライーデにこれからは完璧なクレープで作ったミルクレープをお出しできますと告げた菓子職人は、手ずからサーブしながら自信を持って、1言付け加えた。
「私、もう失敗しませんので」
「今日はカラメル焼きをつけたので、甘さを抑えた生クリームだけを挟んでもらっていますが、季節の果物を薄く切って入れても美味しいと思いますわ」
「ふむ。クレープを重ねただけなのに、旨いな」
そんな裏話がある菓子職人の渾身のミルクレープにアルヘルムは、満足げにフォークをすすめる。
「アデライーデ様。こちらの茶色い物が『カラメル焼き』ですか?」
タクシスは完璧なミルクレープの隣りの皿にあるカラメル焼きをしげしげと見ながら尋ねた。
「ええ、手にとってお召し上がりになってください」
そう勧められて、タクシスはカラメル焼きを口にする。しゃくしゃくとする歯ごたえに、香ばしい甘み。カラメル焼きは口にいれると、じんわりと溶けていった。
「これは砂糖とふくらまし粉と少しの卵白でつくったお菓子です。カラメルソースを焼いた物と思っていただければいいですわ。甘くないお酒のおつまみにも向いていると思います」
酒好きとしての一言も添えておく。
「美味しいですね。食べたことの無い食感で大変甘い。小さく作れば、貴婦人方に好まれそうですね」
タクシスは、貴婦人方の口には大きすぎるカラメル焼きに齧りついた。
--メラニアの取寄せ菓子でも、帝国でも食べた事がないな。似たようなものにメレンゲ菓子があるが、それとも違う。材料が砂糖なら保存が効くし、作ってからも日持ちがしそうだな。
しゃくしゃくとカラメル焼きを食べながら、タクシスは、そんな事を考えていた。
「ワインや蜂蜜酒にもだが、シュナップスにも合いそうだな。砂糖だけで作られているなら飴の1種なのかい?」
ミルクレープを食べ終わったアルヘルムも、しゃくしゃくとカルメラ焼きを口にしていた。
「そうですわね。飴菓子の仲間になるかもですね。材料も少なくて、作り方に慣れは必要ですがコツさえ覚えれば子供でもつくれると思いますわ」
「いえ、できればこれはバルクの新しい菓子としてアリシア商会から世に出したいと思います」
タクシスは、齧りかけのカラメル焼きをお皿に置いて進言した。
本日のデザート
ミルクレープとカラメル焼き
ミルクレープは日本生まれのケーキです。
西麻布(南麻布の説もあり)のカフェで生まれ、ドトールコーヒーさんが南麻布のカフェから許可を得て販売を始めて、一気に認知されたケーキです。




