314 メレンゲとふくらまし粉
「さてと…」
アルヘルムが帰った翌朝。
アデライーデは久しぶりに離宮のキッチンでエプロン着け、気合を入れて手を洗っていた。
昨日の夜は遅くまでアルヘルムとスパイスのいっぱい入ったグリューワインを飲みつつ話をして、この世界でも役に立ちそうな事をつらつらと沢山話した。
--思い出したうちに作らないとね。手順とかは覚えているけど、正確な分量はうろ覚えだもの。
「アデライーデ様。ご用意するものはこれでよろしかったでしょうか」
マリアが用意してくれたのは、ザラメ、お砂糖、ふくらまし粉[重曹]、卵、銅製のお玉と菜ばし3本と焼き網である。
「ええ、それでいいわ。マリアは分量を記録していってくれる?」
「はい」
マリアは材料を作業テーブルの上に置くと、竈に厨房から貰ってきた種火をいれ火を起こし、アデライーデは卵を割り、卵黄だけをよけた。
--確かMサイズの卵白1個分でふくらまし粉50グラムだったはず。
キッチン用の竿秤の片方の皿に50グラムの分銅を置き、ふくらまし粉を手早く測ると卵白に混ぜ、カシャカシャと泡立て始めた。
が、卵白はなかなか簡単にはメレンゲになってはくれない。手でメレンゲを作るには、実はかなりの腕力が必要なのだ。
実家で初めてケーキを作った時に1度でこりた陽子さんは、すぐにハンドミキサーを母親にねだったが、当時は高くて買ってもらえず、お年玉を貯めて買った思い出がある。それまではもっぱらクッキーばかりを作っていた。
「アデライーデ様…。代わりましょうか」
「ありがとう、マリア。お願いするわ…」
悪戦苦闘をしているアデライーデを見かねたマリアは、泡だて器を受け取ると力強くカシャカシャと泡だて始めた。
--ハンドミキサーって偉大だわ。今度手動のハンドミキサー作ってもらおうかしら。でも構造とかってよく覚えてないのよね。それより腕立て伏せでもして体力つけた方がいいかしら。
右腕をもみもみしながら考えていると、マリアはあっという間に卵白をメレンゲにしてくれた。それにお砂糖を10グラム入れて軽く混ぜる。
「こっちは、これでよし…と」
--お水は、小さじ2杯ってのは覚えているけど肝心のザラメの分量を覚えてないのよね。
お玉を見て、現世で使ったお玉と同じ大きさと確認するとザラメをひとつかみ、ぽいと入れた。
--このくらいかしら。
その分量を秤に移してマリアに記録してもらう。記録したら再度お玉に移して、水を小さじ2杯入れてからお玉を火にかけた。
「カラメルソースを作られるのですか」
ザラメが溶け、大きなあぶくがぷつぷつとたってくるのを菜ばしでぐるぐるしているアデライーデにマリアが質問した。
「えぇ、ソースを焼いたものが作れないかと思って」
「ソースを焼く??」
頭の上にたくさんの疑問符を飛び散らかせながら、マリアはアデライーデの手元を凝視する。
液体のソースの存在意義が根本から問われるような発言だ。意味がわからずいたら、お玉の中身に少し黄色く色がつきはじめ、小さなあぶくになってきた頃合いでアデライーデはマリアに声をかけた。
「そこの乾いた布巾をテーブルに置いてくれる?」
--本当は温度計があると誰にでもすぐに作れるんだけど、目で測るしかないわね。
アデライーデはテーブルの上の4つ折りの布巾にお玉を乗せ左手に持ち替えると、ふくらまし粉を入れた卵白をちょっとつけた菜ばしを入れすごい勢いでかき回し始める。
「泡が!」
20秒程勢いよくかき混ぜて白いクリーム状になったのを確認して菜ばしを抜くと、泡がぶわっと立ったがすぐに少くなってしまった。
「失敗だわ…」
再度お玉を10秒くらい火にかけてから取り外し、失敗したものを切った断面を見てアデライーデは呟いた。
マリアがアデライーデの横から断面を見ると、それはみっちりとしている。
「お砂糖の分量を減らすか、ふくらまし粉を多めにするかよね。でもふくらまし粉が多すぎると苦くなっちゃうのよね」
アデライーデはぶつぶつと言いながら、ザラメの量を少しずつ変えながら何度か作ってゆく。
「あ!」
何度目かの挑戦で、お玉の中のカラメルソースは黄色みの強い蒸しパンのようにもこもこと膨らんで表面が割れていた。
お玉から外したカラメルソースの成れの果てを、アデライーデは半分に切るとにっこりと笑ってマリアに差し出した。
「成功よ。食べてみて」
出来立てのそれは、まだほんのりしっとりとしているが、しゃくしゃくとした食感で香ばしいべっ甲あめの味がする。
「美味しいですわ。ふわっとした飴のような感じでしょうか」
「出来立てはそうね。時間が経つとまた食感が変わると思うわ。材料も少ないし日持ちもするし、作り方のコツさえ覚えれば屋台でも簡単に作れるわよ」
「これってなんて言うお菓子なのでしょう」
「カラメルソースを焼いたから、カラメル焼きね。アルトに覚えてもらって作ってもらおうと思うの」
アデライーデが、作り方のコツを忘れないように何度か作っていると、こんこんとノックが聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します。ただいま王宮より先触れが参りまして、アルヘルム様が「午餐を離宮で共に」との事でございます」
レナードが礼儀正しく入室すると、アルヘルムの伝言をアデライーデに告げた。
-アルヘルム様が? 昨日、忘れ物でもしたのかしら?




