307 一人遊びとそれぞれと
「ガラス工房へ…で、ございますか?」
「そうよ。準備が整ったから明後日の午前中にアルヘルム様がお迎えに来てくださるそうよ」
レナードの問いに、アデライーデは先ほど王宮からの使者が運んできたアルヘルムからの手紙の文字を目で追いながら答えた。
今日は、寒さが一段と増している。
レナードが居間のソファに座っているアデライーデにサーブしたのは、体を温める蜂蜜入りのジンジャーティだ。
アデライーデが読み終えた手紙をレナードの差し出した銀のトレイにそっと置くと、レナードはトレイを文箱の置いてあるサイドボードの上に運んでいった。
レナードの淹れるジンジャーティは、紅茶で粗引きのドライジンジャーをしっかり蒸らしているからぴりりとした生姜の辛味だけでなく、風味も豊かで鼻をくすぐる。いつもより多めの蜂蜜を入れて飲むとすぐに体がぽかぽかと温かくなってきた。
「王宮でお茶をしている時にガラス工房の話がでたの。その時に見学したいとお願いしていたのよ。すごく楽しみだわ。マリア、準備をお願いね」
「はい!喜んで!」
マリアは目を輝かせながら、どこかの店員のような返事をした。
ひと月程過ごした王宮では、さすがのアデライーデと言えど離宮と同じように簡素なドレスというわけにはいかず、マリアは思う存分『ちゃんとしたドレス』を着せる事ができていたが、お出かけはなかった。アルヘルムとのお出かけは、いつぶりであろうか。
マリアはわくわくが止まらなかった。
-ショールとマフは皇帝陛下から贈られたあのセーブルだわ…白は以前身につけられたから今回は黒の方ね。そうしたら黒が映える外套は…。お飾りは皇后陛下からご一緒に贈られたお飾りを…いえ、あれは普段遣い用だったわ。お出かけであれば、お輿入れの品のお飾りの方が…確か白兎の毛皮をあしらった冬用のボンネットもあったはず…
マリアは頭の中に収めているアデライーデの衣装一覧からカチャカチャと目的のドレスや外套、靴やお飾りのデータを引っ張り出して、脳内コーディネートをはじめる。
マリアが貼り付けた笑顔で前方のどこか1点を見つめている時は、何をしているか理解しているアデライーデとレナードは黙ってそれを放置した。
「……こほん。ところで、その工房はどちらにあるのでしょう」
「詳しくは聞いてないのだけど、ガラス工房はここからそう遠くはないところらしいの。グラスだけでなくてシャンデリアやサンキャッチャーも一緒の場所でつくっているらしいから、大きな工房なんだと思うわ」
そっと話題を振ったレナードに、アデライーデはティカップをソーサーに戻しつつ工房の話に乗った。
アルヘルムの話ではガラス職人だけでなく、宝飾品の加工職人もいるらしい。
「この近くにそんな工房あったかしら?」
「いえ、少し離れたところにタクシス様の代々の別邸とメラニア様の私邸があるだけでございますな。あとは…廃村になった村があったくらいです」
「じゃ、そこかしら」
「それは、なんともわかりませんが…」
「そう…まぁいいわ。それとアルトにかぼちゃプリンを多めに作って欲しいのだけど、今から間に合うかしら?」
「かぼちゃプリンをですか?」
「ええ、庶民用のかぼちゃプリンを手土産にしたいの。急な訪問になるだろうから、何か持っていきたくて…かぼちゃプリンが無理ならなにか他のものでもいいわ」
「確認してまいりましょう」
そう言って厨房へと向かうレナードが締めたドアの音でマリアは帰ってきた。
「はっ」
「おかえり、マリア」
「た…ただいま戻りました…」
少し頬を赤らめつつも、帰りの挨拶をしたマリアはすぐに気持ちを立て直した。
「明後日のお出かけとのことですが、冬のお出かけですのでお風邪を召されぬよう、当日のお風呂でのマッサージは取りやめて、足湯をつかったマッサージにしたいと思います」
「そうね。それが良いわね」
「なので、マッサージは明日の午後にしたいと思います」
-お風呂のマッサージは、ずらしても外さないのね…。
マリアの、並々ならぬアデライーデを美しくするという意欲に少し呆れつつも「わかったわ」と陽子さんは頷いた。
「それまで、ゆっくり本でも読もうかしら? それとも何か新しいレシピでも考えようかしら」
「それも、よろしいかと…」
そろばんの教本もレシピ集の作成も一段落ついて、当面やることはない。
子供達も、最近はそれぞれの友達とがっつり遊ぶ事が多くなってきた。みんな年齢なりに興味がある事が違ってきたのだ。以前は5人でよく遊んでいたが、やはり同年同性の友人と遊ぶ楽しさには敵わない。
特にアンジーは唯一人の女の子だけあって、今では殆ど村の女の子達とだけ遊んでいる。
子どもの成長は早い。
気づくとあっという間に成長し、親より友人達と歩き始める。
ふと見ると、マリアはまた1人でブツブツ言っていた。
「ん…。気がかわったわ。本はまた今度にするわ」
「へ?」
アデライーデの言葉にマリアが驚いていると、アデライーデは、にっこり笑ってソファを立ってマリアの腕をとった。
「いつもマリアがドレスを選んでくれているでしょう?だからたまには、そのドレスに合わせて一緒にお飾りを選ぼうかと思って」
「ア…アデライーデ様?」
マリアの顔がぱぁーっと綻ぶ。
「一緒に選ぶのを楽しみたいと思ったのよ」
-だって、一緒に楽しめる時に楽しんでおかないとね。マリアも、そのうち誰かと歩きだすかもしれないし。
そうして、レナードが晩餐の時間だと呼びに来るまでの間、マリアがコーディネートしたトルソーを前に二人してお飾りを選んでいた。




