300 陣中見舞いと曲がり角
「創設された炭酸水課とアリシア商会の課員商会員の労を労いたいとのアデライーデ様の思し召しにて、本日お迎えを致しておる」
課長の言葉に合わせ、皆は恭しく頭を下げた。
「お出迎え、ありがとうございます。皆さんが日々頑張っているとお聞きして、今日はお菓子の差し入れを持ってきましたの。どうぞ、お茶の時間にでも、皆さんで召し上がってください」
そう言ってアデライーデが差し出したお菓子の詰まった大きな籠を、炭酸水課長は恭しく受け取った。
アデライーデは仕事の邪魔になってはいけないから課員の皆は仕事に戻るように課長に伝えると、課員は緊張しつつも自席に戻りぎこちなく業務を再開し始めた。
皆が自席に戻ったのを確認して炭酸水課長はアデライーデ達に炭酸水課の屋内と業務の説明をし始めた。炭酸水課が民家の1階のリビングの部分を使い、アリシア商会が2階を使っているという。
最初はぎこちなく仕事をしていた課員も、緊張が取れてきたのか少しずつペンを走らせ始めた。どの机にも書類が置かれていたが、一角の机だけ小山の様に書類が積み上がっていた。
アデライーデが興味深そうにその山を目をやると、課長は「ご覧になられますか?」とアデライーデに尋ねた。
「見てもいいのかしら?」
「もちろんでございます。ここで正妃様にご覧いただけない書類はございません」
課長にそう言われて、アデライーデは束ねてある書類を手にとって目を通してみた。
--? 何これ? 国を褒め称える言葉から始まって、アルヘルム様の事を褒めて炭酸水の事も褒めて…帝国の事も褒めてるわね。
1枚目に書かれた内容は、ほぼ褒め言葉が散りばめられていた。
「これは…、お手紙なのかしら?」
「いえ、陛下に炭酸水の輸出や出荷の許可を頂く為に奏上する正式な書類にございます」
--仕事の書類には見えないわね。項目も数量も全て文章の中に書いてあるし…。褒め言葉が多すぎて、じっくり読まないと何を許可してほしいかわからないわ。
「これを毎回手書きするの?」
「はい。出荷の依頼毎に書いております」
課長の説明に、目を丸くしたアデライーデは再度書類に目を落とした。2枚目3枚目に奏上に至る経緯がこと細かに書かれ、4枚目にやっと具体的な内容が出てきた。
--毎回これを書くのもだけど、読まされるアルヘルム様も大変ね。どれだけ部署があるかわからないけど、全てに目を通して精査してサインするだけでも一仕事だわ。
じっくりと書類に目を通し終え、前世の仕事を思い出しつつ「大変なお仕事ね」と呟いたアデライーデに、課長は少し自慢げに別の書類を差し出した。
「アデライーデ様。こちらは同じ内容で、炭酸水課とアリシア商会とで使われている書類でございます」
渡された2枚の紙には、見慣れた書式で書かれた申請書があった。1枚目には提出目的と概要。2枚目には具体的な数字が入った別表である。
「あら、この書類…」
「はい、タクシス様より指示された課内で使う書類でございます。こちらの画期的な書式のおかげで我が課とアリシア商会は、少ない人数でも他の課の何倍もの業務をこなす事ができております」
アデライーデの後ろにいたレナードがコホンと咳払いをする
「以前アデライーデ様が孤児院の予算表をお作りになった時、アルヘルム様もですがタクシス様がいたく感心されておりました。写しをとられておりましたので、活用されたのかと…」
「おお! この書式の基をお作りになられたのはアデライーデ様でしたか!」
レナードの言葉を聞いて、課長が驚きの声を上げると皆が一斉にアデライーデに注目した。
「そう…なのかし…ら…?」
確かにこの書式に見覚えはあるが、タクシスがここで活用しているとは思っていなかったアデライーデが困惑してレナードをちらりと見やると、レナードがまたコホンと咳払いをした。
「さようかと…。タクシス様はご領地でこの書式を採用され、書式の有用さをご確認されたと聞いております」
「そう…まぁ…、役に立っているのなら良かったわ」
アデライーデはぎこちなく笑ってそっと書類を元の場に戻すと、こほんと小さく咳払いをして課長に案内の礼を伝えた。
課長は使っている書式の基を作ったのがアデライーデと聞いてから目を輝かせていたが、その件に関してはなにも言わず、ただ「有難きことでございます」と短く感謝の言葉を返した。
陣中御見舞いの品を渡したので、目的は達したのである。これ以上ここに滞在するのは、迷惑以外の何物でもないと、総員でのお見送りを固く辞退してアデライーデは離宮への帰途についた。
課長が深々と頭を下げるのが気になって、淑女として許される速さで足早に歩き道の角を曲がったところで、アデライーデは小さく息を吐いた。
「ねぇ、レナード。あの書類って2種類あるのはどうしてなの?」
「はい、王に奏上するには何事も決められた正式な書式で書かねばなりません。他の課に回す書類もそれに準じます。ただ課内の書式はその課に任せられますので、タクシス様が簡略化されたのでしょう」
レナードがアデライーデにそう答えている時に、炭酸水課では画期的なこの書式の生みの親がアデライーデであるとわかり、しばらく仕事にはならなかった。
そして、この話はしばらくして王宮の文官達も知ることとなる。そう…各部署が新書式を導入しようとした頃にである。
大変長い間執筆できずに申し訳ありません。その間に小説家になろう様のシステムも変わり、戸惑っておりました。体調をみつつ、また少しずつ再開したいと思います。ご心配をおかけして申し訳ありません。




