30 仮初の母娘
「アデライーデ様、ご到着でございます」
侍従の先導で部屋に入ると、陛下と美しい女性が一人いた。
すぐにその方は皇后陛下とわかった。
アデライーデは二人が座るソファの前まで来ると深いカーテシィをする。
「アデライーデでございます。本日は私の婚儀披露の宴を開いて下さりありがとうございます。またこのように素晴らしいドレスと宝飾をご用意いただき感謝申し上げます」
お礼の口上をし、顔をあげるとふたりは笑顔で立ち上がってアデライーデに近づいた。
「アデライーデ、紹介しよう。皇后のローザリンデだ」
「はじめまして、アデライーデ。本当にベアトリーチェにそっくりなのね」
美しい淡い金色の髪を結い上げエメラルドの付いた小ぶりなティアラをつけたローザリンデは懐かしむようにアデライーデに一歩近づき、アデライーデの頬をそっとなでた。
「はじめて会った頃のベアトリーチェを見ているようだわ」
「皇后様?」
「ふふっ 私とベアトリーチェはたまにお茶をしていたのよ。貴女とは命名式の時に会ったきりだけど、ベアトリーチェから時折あなたの事は聞いていたわ」
「え?そうなのか?」
陛下は驚いて皇后に尋ねる。
「嘘は申しませんわ。年に1度か2度程ですが、楽しい時間を過ごしておりましたわ」
「………」
「だって私は、ベアトリーチェとお友達でしたから」
「……私は本当に愚かだな」
「存じております」
そう言って皇后はくすりと笑うと、アデライーデの手をとった。
「今日は私が、ベアトリーチェの代わりになるわ。良いでしょう?だめかしら?」
「もったいないことでございます」と、
アデライーデが恐縮すると
「嬉しいわ! でもね、ベアトリーチェの代わりなのだから、そこは『ありがとう。お母様』よ」
ローザリンデは、微笑んで言うと「陛下も…よろしくて?」とエルンストに振り返った。
「ああ、もちろんだとも。友人の君が代わりになってくれるのならばベアトリーチェも喜ぶだろう。私は気が利かないからな」
エルンストは苦笑いをしながら答えた。
(夫婦のあり方はそれぞれよね。この2人はこういう結びつきなのね…。
アデライーデのお父さんは特殊な立場の人だし、ローザリンデ様のような方が皇后で陛下は良かったみたいね)
陽子さんは、今までの自分の人生では計り知れない一組の夫婦を見て思う。
「ありがとうございます。お父様、お母様」
アデライーデがそう言うと、2人は少し驚いた顔をしたが嬉しそうに顔を見合わせた。
「まだ少し時間がある。座って待とうか」
陛下がそう言うと、侍従長が侍従に目配せをしてソファの横に椅子を出してきた。
陛下は椅子に、アデライーデと皇后はソファに。
アデライーデを挟むように座ると、3人はまるで本当の親子のように宴までの僅かな時間を過ごした。




