03 紅茶とグランドール
丁寧に手入れをされた庭を散策しながら植えられている花々を見ると、どんな小さな花も生き生きと咲いている。
流石は、王宮ね。
部屋から少し離れたところにある小さな東屋に腰を下ろし、ラナンキュラスに似た可愛らしいピンクの花が揺れている花壇に目をやる。
ここだけが、この王宮の中でアデライーデに似合う景色だと思いつつ陽子さんは眺めていた。ここはアデライーデの部屋の前庭だ。ガーディナー達が部屋の主をイメージしたのだろうか。
マリアが、午後の強い日差しを避けるために東屋に薄い日よけを下ろしてくれた。その布越しのやわらかくなった日差しの中でしばらく庭を眺めていると、ふとその布越しに人影が現れた。
少し癖のある髪を丁寧に撫でつけている黒髪黒目の180センチ程の男性と目があった。
上等の生地で誂えたのであろう、決して派手ではないが品のいい装いだ。
(誰?)
たっぷり10秒ほどお互いに無言でいると男性の方が胸に手を当てアデライーデに挨拶をした。
「先触れもなく、失礼いたしました。アデライーデ様。グランドールにございます」
宰相グランドールだった。
40前後であろうか…
宰相としては年若くはあるが、落ち着きのある渋めのなかなかの美男子だ。
バリトンの声も姿に負けず心地よい響きである。
「過日、お倒れになったと聞きお見舞いに参りました。お加減はいかがですか?」
「ご心配をおかけしました。大事ございません」
アデライーデは微笑みグランドールに席を勧めた。
グランドールがアデライーデの対に座り今までアデライーデが、眺めていた花壇をみる。
マリアがお茶を用意し少し離れたことろにグランドールの侍従と並んで控えたところでアデライーデは、グランドールに茶を勧めた。
用意されたお茶はハーブティーではなく紅茶だった。
(紅茶もあるのね 良かったわ)
ダージリンに似た紅茶をストレートで味わい、機嫌のよくなった陽子さんはテーブルの向こうで紅茶に口をつけるグランドールをちらりと見た。
(確か候爵で、皇太子時代からの陛下の側近だったはず…先触れもなしに来たってことは公式ではないのかしら。お見舞いだけでここに来たわけではなさそうね。この人はアデライーデの敵なのかしら味方なのかしら…)
そんな事をつらつら考えていると、グランドールが伏し目がちに言った。
「アデライーデ様 お輿入れ先がバルク国王と決まりました」
「そう」
グランドールは無表情なまま少し顔を上げ「ご存知でしたか?」と尋ねた。
「いいえ」
アデライーデはティーカップを置き微笑んだ。
「いつですの?」
「いつとは?」
「出立の日です」
「…1月後です」
「そう」
「陛下はなんと?」
「……なんと、とは?」
「この輿入れについてですわ」
「…めでたい事と、とてもお喜びでした」
「そう…良かったわ」
(宰相の割に嘘がヘタね)
アデライーデは、微笑んでゆっくりと紅茶を味わう。
「私が用意するものはございますか?」
「アデライーデ様がですか? いえ、輿入れの支度は私が抜かりなくいたします。アデライーデ様には輿入れまでの間、お心安くお過ごしになっていただければ…」
「そう… では、バルク国の資料を用意していただけますか?」
「…資料と…申しますと」
困惑した瞳を隠しきれなくなったグランドールは、アデライーデを見る。
アデライーデは、微笑みながらグランドールに告げた。
「軍事や外交に関わるようなものは必要ありません。バルク国の習慣、風習、風土、地理、歴史や宗教等についてですわ」
僅かに戸惑いの表情を滲ませたグランドールが
「こう申し上げてはなんですが、バルク国は帝国より遠く資料と申しましても…」
「ふふっ」
「アデライーデ様?」
「相手国の事を調査もせずに盟約をむすび皇女を輿入れさせるのですか?」
「……」
グランドールが一瞬言葉に詰まりアデライーデになにか言おうと口を開きかけた瞬間、アデライーデはグランドールに微笑んだ。
「貴方のお立場もございますしね。無理を言いました。忘れて下さい」
「アデライーデ様…」
アデライーデは、残っていた紅茶に軽く口をつけるとティーカップをそっと置き花壇に目をやった。先ほどの花がゆらゆらと揺れている。
「…風が出てまいりましたね 部屋に戻りましょうか」
「さようですな…では、私はこれにて…」
「ええ、お見舞いありがとう」
グランドールがさっと席を立ち、胸に手を当てアデライーデに別れの挨拶をし従者と共に王宮の方に去って行った。
「ふぅん」
陽子さんは去ってゆくグランドールを一瞥すると、また揺れる花壇を眺め始めた。