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【2巻も準備中!】転生皇女はセカンドライフを画策する  作者:


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290/428

290 見学と引越し


食材課の移動初日。庶民文官たちは扱う商材の勉強という名目で魚醤やオイルサーディンの工場見学に行かされていた。


彼、彼女達の通勤は、毎朝城下のとある場所でタクシスが用意した質素な馬車に乗り込む。そして、利用者の少ない使用人専用の通用門の側で迎えの食材課の先輩文官が迎えに来るまで馬車で待つというのが、タクシスから下った指示だった。


今日はその馬車が彼らを拾うと、王宮ではなくメーアブルグ方面へと走り出した。



「みんな揃ったかい?揃ったら新しい職場に向かおうか。ついたら軽い自己紹介をしてもらうよ」

荷物はすでに昨日のうちに下働きの男達によって運び出され、空っぽになった棚と机と椅子だけの旧食材課の室内で、グスタフの明るい声が響いた。


ホケミ課から食材課に移動した新課員も一緒に引き連れて、グスタフは軽い足取りで北の新食材課の建物に向かった。



「あ、あれ? きれいになってる」

文官棟の角を曲がり、倉庫だった新食材課の建物が見えた時、誰かがぼそっと呟く。他の者も心の中で同じ事を思っていた。


雑草は丁寧に取り除かれている。

王宮へ通じる敷石が敷かれ、搬入口は古いが立派な観音開きの扉に変わり、屋根も壁も塗り直され以前のボロさかげんはなく、古い建物程度になっていた。


扉の上には食材課と書かれた小さな看板が掲げられ、入口の横にはハリネズミを模した泥落としがちょこんと置かれていた。



「ようこそ、我らの新しい職場へ」

グスタフがにこにこと観音開きの扉を開けて課員達を、迎え入れる。



「え? なんだ、ここ。これが俺達の職場?」

「倉庫跡って、聞いてたんだが」



入って10歩ほど歩いた先に重厚なカウンターが置かれ、その前には古く少し色落ちはしているが、大きめの濃い緑の絨毯が敷かれている。


床は落ち着いたダークブラウンで壁は白い塗料が塗られていた。窓から差し込む光で部屋の中が明るく感じられる。カウンターの向こうには4つの机の島があり、島の間にはパーテーションが置かれていた。


課員達はふらふらと吸い寄せられるように、それぞれが机や椅子を触りだした。



「どれも広い机だ。それにすごく手入れされてる年代物(アンティーク)じゃないですか?」

「だよな? 椅子も革は張り替えられてるけど年代物だ」

「よくわからないが、このパーテーションの布もそうじゃないのか」

「こ…この机に置いてある燭台も…だよな」

「インク壺もペン立ても、古いけど一級品だぜ」



課員達があちこちの家具を触りながらざわめきたち、ごくりとつばを飲み込んだあと一斉にグスタフを見つめた。



「驚くよね。でもまずは落ち着いて。隅のソファに行こう」

苦笑いをしながらグスタフは、課員達に部屋の隅のソファを勧めた。



グスタフの指したソファも年代物で、薄い茶色に小花が刺繍された長ソファである。これまた丁寧な細工彫りが施された猫脚のテーブルが中央に鎮座し、向かいには濃い緑の生地に茶のソファとは趣きが違うが同じような小花が刺繍された長ソファが、サイドテーブルを従えていた。


手前の一人がけのソファは蔦が、対面の一人がけソファは幾何学模様の織物が使われていた。どれも色味も形も意匠が違うが、ちぐはぐな印象はなく違和感はない。



「驚くのも無理はないと思うけど、これがこの課の設備なんだよ」

「………」

「よく見るとわかると思うけど、ここにある家具はみんなバラバラだよね?」



確かに机の高さは同じだが、どれも少しずつ違う。よく見るといくつかの机の足には細工があり高さを調節している。机の天板にも細かな傷を埋めた修繕の跡が見られた。



「ここにある家具は全て、営繕課の倉庫に眠っていたものなんだ。修理はしたが、いろんな理由で使う機会が無かった物だね。タクシス様が営繕課に命じてここで使うようになったんだ」

「なんでですか?」


「ここにいる皆は同じ派閥だから、正直に話すよ。どんな物を買っても庶民の文官に余計な経費を使ったと、横槍を入れられないためだね。表向きは営繕課が溜め込んだ不要品の整理と食材課移設の経費削減を兼ねた有効活用としてね」

やれやれと言った口調でグスタフが説明すると、課員はお互いに目を見合わせた。



「これらは、昔の部課長が使っていた品なんだ」

「あ、それでですか」

「そうなんだ」



尊敬される上司が使っていたものは次代に引き継がれる事が多いが、派閥違いになったり酷い上司の物は、大抵代替わりで一掃される。 


昇進にあたり、設備の入れ替えの権利を与えられていれば気持ち的には、わからなくもない。物に罪はないが見たくないのが人情である。


営繕課としては、まだまだ使える公費で購入した一級品を処分する事はできず、いつか日の目を見るように丁寧に手入れをしていた。そして、代替わりごとに新役職に勧めてはみるが、日の目を見ないまま倉庫にしまわれていた。



「部課長が使っていた机を、自分達が使うんですか? それこそ、なにか言われませんかね?」

「どの部課長にも一度は勧めて彼らに『我が課には不要』として断られたと記録されてるんだ。それに、もう戻す倉庫には資料がぎちぎちに詰め込まれててね。返品もきかないんだよ。タクシス様は仕事が早くてね」



そう言うと、グスタフは少し困ったように笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] リサイクルですね。 でも、落ち着いたアンティークに囲まれていい仕事が出来るんじゃないでしょうか。
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