281 砂糖漬けと蜂蜜酒
「テレサ様ばかりお楽しみになって、ずるいですわ」
メラニアがほんの少しばかり拗ねた顔をして、ワインのお代わりを側の侍女に頼んでいる。
メラニアはテレサより少し年下であるが、その姿はアデライーデと変わらぬ少女の可憐さを漂わせていた。どの世界にも美魔女はいるようだ。
「私も、アデライーデ様とそのように弾んだ会話を楽しみたいですわ」
--弾んだ…弾んだ会話なのだろうか?ただの質疑応答のような気がするけど?
陽子さんが笑顔の裏に疑問符をいくつも浮かばせていると、メラニアは侍女が銀のトレイにのせて持ってきたワイングラスを手にとった。
「ふふっ、そうですわね。新街道の話より街のお話に入りましょう」
テレサがコロコロと笑いながら脇に立つ女官に目くばせをすると、女官がテレサにもワインのお代わりを差し出す。
「邸宅の内装を変えるのもとても楽しいことですが、夜会でガラスの街のお話をお聞きした時にテーマを決めて1から街を造ると聞いて、なんと楽しそうなと思ったのですわ。先王陛下もメーアブルグを統一感をもたせお造りになったので、とてもきれいな街になりましたし、この街もただの倉庫街や検査場というだけではつまらないでしょう?帝国から来る方たちにはガラスの街で驚いていただくのです。ズューデン大陸から来る商人達にも、ぜひこの街で驚いてもらいたいですわ」
お酒が入っているせいか、メラニアは饒舌に言葉を続けた。
「そうですわね。ふふっ。ズューデン大陸からの商人達にバルクの繁栄と国力と見せつけるにはいいかもしれませんわね。それにガラスの街と同じく美しく装った篩の役目をこの街も果たしてくれるはずですわね」
テレサもほんのり頬を染めて、くっとワインを飲み干した。
「街の色はなんにしましょうか?」
「街の色…ですか?」
メラニアがおつまみのミモザの砂糖漬けをつまみながら、アデライーデの好みを尋ねる。
「ええ、街の印象を決める色でございますわ。統一感を持たせるには大事なことでございますのよ。お部屋の内装を決めるにしても、まず最初に決めるのは色ですもの」
貴族の奥方の大事な仕事の1つに屋敷内のコーディネートがある。結婚してまずは自室を自分好みに改装し、次は自分の個人的な客を招く居間。そして夜会を開く広間と少しずつ邸宅を自分好みに変えてゆくのだ。そして、招かれた客がその家の夫人のセンスを吟味する。
「街の屋根はオレンジ色で壁は白と言うのはどうでしょう?オレンジ色は明るくて華やかで実りの色ですし、濃くすれば黄金にも見えます。アデライーデ様の髪の色と同じですわね。それに商人達も長く海ばかり見てきたあとですもの。青とは違う色の方が良いですわ」
「良いかと思いますわ。白い壁は街を明るくしますしね。黒装束を着ていても、白い壁では夜目にも浮かびやすいですからね」
いつの間にかテレサの手には濃い蜂蜜酒があった。熟成された濃い色の蜂蜜酒はアルコール度数も高いと聞く。
……テレサも少し酔っているかもしれない。
「アデライーデ様も良いと思われます?」
「え?ええ、素敵だと思います」
「決まりですわね。屋根はオレンジで壁は白ですわ」
上機嫌のメラニアの饒舌は止まらない。
「ガラスの街はそれだけで印象深いですから、この街にも何か…もっとわかりやすい特色が欲しいですわね」
頬をほんのりと染めて小首をかしげて考えるメラニアは、女の陽子さんから見てもどきりとするほど可愛らしい。タクシスが愛妻家であるのがわかる気がすると、ワインをちびちび飲みつつメラニアを見つめていると、メラニアは良いことを思いついたとばかりに、笑顔をアデライーデに向けた。
「街にたくさん彫刻を置くのはどうでしょう?」
「良いですわね。王都に来る時に見た街路沿いのお店には看板が掲げられていましたが、馬車からではわかりづらかったのです。初めて来た方にはどこにどんなお店や施設があるかわかりませんし、お店の前の歩道にどんなお店かわかる彫像を置くのもいいかもです。それに辻には案内板を持った彫像を置くのも良いかもしれませんわ」
自慢ではないが少し方向音痴気味の陽子さんは、大きなショッピングモールで案内板のお世話によくなっていた。気がつくと目的の場所とは反対方向に向かって歩きだしてしまうのだ。
村で迷ったことはないが、メーアブルグではマリアに「どちらに行かれるのですか?」とよく声をかけられていた。
「あ、あと石畳の所々に色ガラスを敷くのはどうでしょう?道の名前を知らなくとも、色でどの通りかわかるようにするのもいいかもしれませんわ。色ガラスが無理なら敷石のデザインを変えてわかるようにするのもいいかも」
これもよく行くショッピングモールの通路が色分けされていて、今自分がどこにいるのかわかって大変助かった経験からだ。
「庶民には文字の読めないものも多いので、それもよいかもしれませんわね。アデライーデ様の発想にはいつも驚きますわ。庶民の事もよくお考えになっていらっしゃるのね」
わかるも何も、根っからの庶民です!と、はっきり言えればいいのだが、そうは言えないので曖昧に笑って誤魔化す陽子さんであった。




