280 門と笛
すぐにテレサ付きの女官がバルクの領地図を持ってきた。
各派閥の領地が色分けされた地図をテーブルの上に置くと、サイドテーブルにペンとインク壺を置いてソファの脇に控える。
「アデライーデ様、新たな街はどこにつくりますの?」
「テレサ様、どの辺りがよろしいでしょうか」
メラニアがアデライーデに尋ねると、アデライーデはテレサに助言を求めた。国内の地理にさほど詳しくない自分よりテレサの方が詳しいはずだからだ。
「そうですわね。メーアブルグから東寄り少し離れた場所で広い場所となると…、このあたりかと」
テレサが指差した場所は領地の色が塗られていないところであった。
「確かその辺りは、国有地でございましたわね」
「ええ、メラニア様が仰るとおり王家の土地ですわ。海が近いせいか穀物があまり育たず、領地として下賜もできなかった場所です。今は近隣の者が放牧地として使っている場所ですわね」
「それであれば将来もっと交易が盛んになって街が大きくなっても問題ありませんわね。その街に近い所に新たな港を作るのも良いかと思いますわ」
「であれば、新たな街はこの辺りに…。各派閥に配慮した街道ですと…こう通ってガラスの街まで進ませるのはどうでしょう」
アデライーデの言葉を聞いてテレサはペンをとり、さらさらと地図に街と道を書き加えた。所々曲がりくねっているのは各派閥の貴族達に、できるだけ均等に通行税が落ちるように配慮しているのだろう。
--どの世界も一緒なのね。現代だと新幹線誘致とか高速道路誘致とかって感覚かしら。
迷いもなくさらさらと道を書き加えるテレサに、陽子さんは感心しながらその様子を見ていた。
「外国からの珍しい商品が通るとなれば諸国から破落戸達が紛れ込んで来るでしょう。数は少ないですが、バルクでも時折窃盗団なるものが出ております。しかし、皇帝陛下からの思し召しで大陸との窓口になるのであれば、我が国の威信にかけて商隊を守らなければなりませんわ。各領主の衛兵だけでは心もとないので、国から新街道の警備兵も出さねばなりませんわね」
街道を付け加えた地図を見ながらテレサがつぶやく。
「あのう…窃盗団ってどんなところに出ますの?」
「この新街道であれば、ここと、こことこのあたりが考えられますわ。各領地の街と街の間が空いている場所ですわね」
流石に軍閥の家の出身であり王妃であるテレサは、各領地の警備の状態もよく知っているようであった。
「そこに新たな警備隊の訓練所や宿舎を作るのはだめでしょうか?もちろん、商隊は夕方までに次の領地につくような時間でないと出発は認めないと言うのが大前提ですが、警備隊の訓練所や宿舎が街道のすぐそばにあるとなれば、窃盗団も出てきにくいのではないでしょうか」
「宿舎と訓練場…ですか?」
アデライーデの言葉にテレサは少し驚いたように尋ねた。
「ええ、街道警備隊の宿舎と訓練場って街中にある必要は無いと思ったので…。広い土地が必要でしょう?むしろ何もない場所の方がいいのではないかと思いましたの」
バルクだけでなく、どの国でも各領主に私兵は認めらていない。但し騎士や衛兵を持つ事は認められている。騎士は領主一族を守り、衛兵は領地の警備、取締、監視を行い領地の治安を守るのだ。衛兵は現代で言うところの警察の役割を担っている。その衛兵が各領地の街道も守っているのだ。
が、その領地の豊かさにより街道警備が万全とは言い難い。まず守るべきは領主が住まう街にある。そのため衛兵達の宿舎や訓練場は街中にあり、領地境は警備が手薄になりやすい。
「各領地の領主に話してみる価値があるお話ですわね」
そう言うと、テレサは微笑んでワインを口にした。
従来の考え方であれば、当然新たな警備隊の拠点も各領地の街に造り、そこから街道に派遣するべきと考えていたテレサには、アデライーデの提案がとても新鮮に聞こえた。
「アデライーデ様は、新たな街の警備についてはどうお考えですか?」
「警備…ですか?」
「ええ、我が国は商人達を守らなければなりませんが、その商人達に紛れ込む輩どもです」
「そうですねぇ。街を区切るのと交番を置くのはどうでしょう」
「街を区切る…それに交番とは?」
「倉庫街と宿泊施設の間に扉をつけて決まった時間締め切るのですわ。盗賊団とか騒ぎが起こるって夜に起こるではないですか。だから逃げられないように夜になったら閉めちゃうのです。交番は衛兵が交代で一晩中起きていて番をする詰め所みたいなものです」
もちろん、テレビの時代劇の知識からである。江戸時代各町の境には木戸があり、木戸番が夜10時頃に大戸を閉める。通る時は小窓で顔を確認され、木戸番が拍子木で通過者を周りに知らせ人ひとりやっと通れるような潜り戸をあけてもらい1人ずつ通らされるのだ。
「あ、あと。泥棒が出たら笛を吹いて知らせるのもいいかもしれません」
もちろん、時代劇の御用だ!御用だ!の時に岡っ引き?が吹いているピーと甲高い音の鳴る呼子笛のことだ。
「ふふっ。アデライーデ様は面白い事をお考えになるのね」
テレサが微笑んでいる時に、陽子さんの頭の中では白い馬に乗った上様が浜辺を爆走してた。




