271 新年祭の始まりと紹介
正午の鐘が響くと同時に王宮の広間の大扉がゆっくりと開けられた。
先頭にはバルクの王位を示す王冠を被り、黒に近い濃い藍色…勝色の衣装に勲章をつけたアルヘルムが入室する。儀式用のマントは表は勝色よりやや明るめの藍色で、裏地は真白。白テンのファーが縁取られている。長いマントが場内に入った後に、同じく青のドレスを身に纏ったアデライーデとテレサが並んで入室した。
トップスには縦糸と横糸を交差させる綾織りで織られている濃いオレンジのシルクが使われ、斜めの畝のような地紋には金糸の刺繍がふんだんに施され、テレサのドレスには手の混んだレースで艶やかさが、アデライーデには同色のリボンで華やかさを出していた。スカートはテレサは藍色でアデライーデはネモフィラの青色である。
アデライーデのドレスはマダム・シュナイダーが、テレサのドレスは王宮専属のデザイナーが仕立て、使う布地と配色は同じにして調和がとれるようにしているのだ。
そして、豊穣祭で贈られた血赤珊瑚をテレサは指輪に、アデライーデは髪飾りにしている。
アルヘルムが王座の前に立ち、テレサとアデライーデがそれぞれの椅子の前に立ったのを確かめて、アルヘルムは居並ぶ貴族たちに言葉を発した。
まずは、無事に新年が迎えられた事を神と先祖に感謝することからはじまり、昨年のバルクの繁栄とペルレ島の賑わいを改めて口にした。
そして、一旦言葉を置き見渡すように皆を眺めるとおもむろに口を開いた。
「皆、昨年の我が国の発展に驚いている事と思う。私もその中の一人であるが、今年は昨年よりもっと我が国が発展すると約束しよう」
アルヘルムの言葉に広場にどよめきが走った。
「フローリア帝国皇帝陛下より、我がバルクが南の大陸との交易の窓口となるようにとのお言葉があった」
すでに打診があった時より重臣達とは秘密裏に会議を重ね、着工する事はもちろん、大まかな役割の分担も済ませてある。豊穣祭よりバルクに滞在しているヨハン・ベック伯爵を通し、帝国には謹んで受けるとの意を伝えていた。
「交易を始めるにあたり、まずは街道を整備する。今の街道を旧街道とし新たにメーアブルグの街への街道をつくる。また、それにあわせ国境近くに…、皆も聞いているガラスの街の建設を春には始める」
アルヘルムの宣言に一瞬の間をおいてパラパラと拍手がおこり、すぐに割れんばかりの拍手が巻き起こった。いつまでも鳴り止みそうにない貴族らの拍手を、アルヘルムは軽く手を上げ抑える。
アルヘルムは王座につき、例年のように貴族達から新年の挨拶を受け始めた。新年祭にはバルク国内全ての貴族が家族を伴って集まる。挨拶にはそれなりの時間がかかるのだ。
テレサとアデライーデもアルヘルムが着席したあとに椅子に座り、アデライーデの椅子の後ろには挨拶する貴族の解説をしてくれる文官がついた。
国内の貴族についてレナードの講義を受けているとはいえ、間違いがあっては困るからだ。
どの貴族も新年の挨拶もそこそこに、街道とガラスの街の着工の祝いの言葉を口にした。
--椅子に座らせてもらって良かったわ。そうじゃないとコルセットをして踵のある靴で数時間立ちっぱなしなんて、苦行でしかないものね。
テレビで園遊会とか見てて優雅だなぁって思っていたけど、あれって体力勝負の行事なのね…。本当に見た目とは裏腹だわ。
やっと国内の貴族の挨拶が終わると、まずは帝国からの使者であるヨハン・ベック伯爵からの新年の挨拶に始まり、周辺諸国の大使からの挨拶が終わる頃にはたっぷり2時間は経っていた。
「皆の新年の挨拶を嬉しく思う。さて、今より新年の宴を始めようぞ。今年は例年になく新名誉男爵らが誕生している。彼らは昨年バルクの発展に寄与した者達だ。皆も歓迎してやってくれ」
アルヘルムの言葉から、新年祭のパーティが始まった。
どの顔にも笑顔があふれ、あちらこちらで新街道やガラスの街へ期待する話に花が咲いていた。
アルヘルムとテレサはそのままパーティの中に入ってゆくが、アデライーデはまだ慣れていないため、髪を整えるという名目で休憩の為に中座した。
「これはシリングス男爵、叙爵おめでとうございます」
「……はい。ありがとうございます」
「いや、卿が作ったそろばんと言うものは素晴らしいものですな。私の甥も王宮で文官をしているのですが、仕事が捗ると褒めておりました」
「お使いいただきありがとうございます。…。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
コーエンに話しかけてきた貴族は、年の頃は40半ば、小柄でぽっちゃりとしていた。コーエンも師匠に連れられて何人かの貴族の下に行ったことはあるが見知らぬ顔であった。
「これは、失礼いたしました。私はフーゴー・ラドリン。卿と同じ男爵です」
「はじめましてラドリン男爵。この度叙爵されましたコーエン・シリングスと申します。ご挨拶が遅くなり失礼いたしました」
戸惑いつつもレナードに教わった同階級の目上の貴族に対する挨拶をすると、ラドリンは満足げに頷いて挨拶を返した。
--ふむ。同位上格への挨拶もしっかりと教育されているな。これはもしかすると本当に…。
ラドリンは、先程本家の伯爵より耳打ちされた話が本当かもしれないとコーエンの挨拶を受けつつ挨拶を返していた。
「実は、私の本家筋にあたる伯爵家のご令嬢をご紹介したくて、ここに参った次第なのですよ」
新男爵達は先程王より叙爵されたと言う事で、新年の挨拶は免除…というか、王の負担を軽くする為に省かれる。末席の一角を用意され、引き立てていた貴族が挨拶周りに連れ出すまでその場で待機するのだ。
コーエン達は引き立ての貴族がアデライーデになる為、アリシア商会の会頭代行をしている文官がアデライーデの代わりになる。その文官が来るより早く、見知らぬ令嬢を連れた貴族にコーエンは声をかけられたのだ。
朝晩涼しくなりましたね。
皆様も体調にはお気をつけて。




