268 儀式と名代
「新男爵らをこれに」
叙爵の間にて新男爵の叙爵の儀が始まる旨がタクシスより宣言され、新男爵らに入場するように続けてタクシスが文官に命じると、控えの間より8名の新男爵らが介添の文官らと共に叙爵の間に入ってきた。
彼らは一様に緊張した面持ちではあるが、しっかりとした足取りで決められた位置につく。最初に名を呼ばれたのは、クリスタルガラスを作ったヴィドロだった。
「クリスタルガラスを一級品の域まで高め、我がバルクのガラス文化を国内外に知らしめた功績により男爵位を授ける。また叙爵によりヴェスタープの姓を授ける。ヴィドロ・ヴェスタープ男爵、期待しているぞ」
「男爵位とヴェスタープの名を賜り、恐悦至極にございます。ヴェスタープの名に恥じぬよう精進いたします」
濃い灰色の礼服に身を包んだヴィドロは、一歩前に進み右腕を軽く握り左胸に当ててお辞儀をした。次に名を呼ばれたのはヴィドロの息子であるヴィダだった。父親と同じ色の礼服であるが少し明るい灰色の礼服に身を包んでいた。
その後、炭酸水を運ぶための荷馬車の車輪を修理しやすく改良した職人と私財を投じて在住の村の治水に貢献した人物への叙爵と進んだ。
叙爵の間では下座に新男爵の家族が並び、脇に推薦した貴族やその夫人、家門の主だった者が見届け人として居並ぶ。今年はいつになく多くの貴族が叙爵の儀を見守っていた。
今年は若い男爵が2名も誕生するのだ。しかも両名とも正妃様のお声がかかった仕事を立派にやり遂げての叙爵である。
その両名のどちらかと縁続きになれればとの思惑であろう。着飾った年頃の令嬢や少し年嵩の令嬢も十数名いて場を華やかにしていた。
叙爵はハンスの番となり、ただ一人王宮にも儀式にも慣れたハンスは恙無く挨拶を済ませた。
「先代より変わらぬ王家への忠誠を、誠に嬉しく思うぞ」
「もったいないお言葉でございます」
そう応えたハンスの次にマデルの名が呼ばれた。
--あんた。頑張って!家に帰ったらいくらでも気絶してて良いから!
グレアは下座の新男爵の家族の中で扇を折れんばかりに握りしめて、心の中でマデルに声援を送っていた。ここ数日家でも何度も練習を繰り返し、昨日は緊張のあまりほとんど寝ていないマデルは、いつもよりずっと気絶しやすいはずだ。
しかも、一言とはいえ国王様にご挨拶するのだ。あのノミの心臓のマデルにとって、このうえない緊張だろうとグレアはやきもきしていた。
--代われるものなら代わってあげたいよ。神様、お願いします。どうか、今ばかりはマデルが気絶しないようにお守りください。
グレアの後ろで人が動いた気配がしたが、今は振り向いて会釈をする気も起こらず、少しばかり薄くなりつつあるマデルの頭をじっと見つめていた。
「アメリー様、こちらですわ」
アデライーデの代わりにマデル達の晴れ姿を代わりに見届けると言う名目で入室を許されたアメリーを、マリアが目立たぬように新男爵達の家族の後ろに連れてきた。
「残念ですわ。後ろからではお顔が見えませんね」
「いえ、本来であれば立ち入る事もできないこの場に入れただけでも有り難い事ですわ。アデライーデ様のお口添えでコーエン様の晴れ姿を拝見できるのですもの。それに他のご家族の方々も同じ位置ですし。本当にアデライーデ様には感謝の言葉がございませんわ」
本来正妃の名代であれば王のそば近くで叙爵の儀を見てもおかしくないのだが、それでは他の貴族たちの目に止まってしまう為、家族達の後ろから見るという事になったのだ。
アメリー達が入室してすぐにマデルは、一歩踏み出した。
「正妃の望みを叶え、フライヤーと言う新しい調理器具を生み出し、またその後にも改良を加え、新たなる輸出品とバルク国に新しい食事と仕事を生み出した功績により男爵位を授ける。また叙爵によりルックナーの姓を授ける。マデル・ルックナー男爵、これからも正妃の願いを聞いてやってほしい」
「男爵位とルックナーの名を賜り、大変光栄にございます。これからも正妃様の為に、そしてバルクの為に精進いたします」
アルヘルムの言葉に、マデルは堂々と挨拶を返し見事なお辞儀をして元の位置についた。
--マデル、立派だよ。よく気絶しなかった!帰ったらあんたの好物を山ほど作ってやるからね。
グレアは少し涙ぐみながら、マデルの背中を見つめていた。思えば何かあればすぐに気絶し、無事に大役を務めたのは二人の結婚式くらいなマデルを心の中で、褒めちぎっていた。
続くマニーも卒なく挨拶を返し、グレアは心底ホッとしたのだった。
「次はコーエン様ですわよ」
「ええ」
「どきどきしますわね。どのような姓を賜るのでしょうか」
「……」
アメリーがコーエンを見つめる中、コーエンの名が呼ばれた。




