265 思惑と本当の願い
「今日は出迎えられず、すまなかった」
「ええ、私もお出迎えもせずに申し訳ありませんでしたわ」
「いえ、お二人ともお忙しいのですし、どうぞお気遣いなく」
晩餐の席でアルヘルムとテレサが出迎えをしなかった事をアデライーデに詫びるのだが、新年祭に向かっての公務が立て込んているこの時期に忙しい2人に態々(わざわざ)出迎えをしてもらうなんて、とんでもないとアデライーデは丁重に挨拶をした。
--だって、私はなんにもしない正妃なんですからね。ナッサウ達がちゃんとお出迎えしてくれたし…それに…。
「僕、ちゃんとアデライーデ様がお寂しくないようにお相手をしていたよ!」
「ブランシュもー」
「………私は、少しだけでした」
アデライーデが王宮に到着した事を、女官やメイド達が口伝えで伝えあっていたのを耳聡く聞いたカールは、遊戯部屋からお気に入りのおもちゃを掴んで「アデライーデ様のところに行ってくる!」と叫んで部屋を飛び出した。
子供は大人がさわって欲しくないものや場所を察知する力を持っているらしく、カールはすぐにアデライーデの部屋を見つけ、晩餐までの時間にたっぷりと遊んでもらっていたのだ。
同じく遊戯室で遊んでいたブランシュも「ブランシュもいくのー。ブランシュもぉー」と大泣きをして、困り果てた女官がアデライーデにお伺いをたてて途中から混じってご機嫌で遊んだ。
残念ながらフィリップは、夕方近くまで乗馬の授業があり出遅れて遊びに参加した。フィリップが到着した時には、はしゃぎ疲れてソファでウトウトしている弟妹を起こさないように、少し離れたテーブルで小声でアデライーデに最近の貴族学院での出来事を話した。
いつもより近い距離で小声で話すアデライーデとの会話は、なんだか少し大人になったようなくすぐったい妙な気持ちになり、飲むお茶もいつもより美味しく思えたのだった。
「申し訳ございません。子供達がお邪魔をしていたようで…。お寛ぎできなかったのでは?」
「いえ、最高のおもてなしでしたわ。とても楽しかったですし」
既に女官から報告を受けていたテレサは申し訳なさげに言うが、アデライーデは子供達の出迎えを楽しんでいた。
アデライーデは正妃としての仕事はほぼ何もしていない。王妃であるテレサにすべて代行してもらってる状態である。そんな自分なのだから、たまの子供の相手くらい喜んでする。むしろ孫と言っても差し支えないくらいのカールとブランシュと遊べるのはご褒美に近いものがあるのだ。
--薫か裕人かどっちかが結婚して孫ができていたら、こんな風に遊んでいたのかしらね…。まぁ…現実はどっちも結婚どころか彼氏彼女の影すらなかったけど。
どちらも仕事や遊びに忙しく、少しでも恋人や結婚の話でもしようものならなんとかハラスメントだとか時代錯誤だとか言われ、古くからの友人達の間でも、最近はDINKS(これももう古い言葉だが)っていう夫婦もあるのよと教えられ、孫はすっかり諦めムードだったのだ。
晩餐はとても賑やかに過ごし、子供達はテレサと女官に連れられ部屋に帰ったあとアデライーデは久しぶりに王宮でアルヘルムと食後のお茶を楽しんだ。
「そう言えば、アメリーが本日からタクシス様のところに逗留すると聞いたのですが…」
「ん?あぁ…帝国のご令嬢だったね。午前中にそのような知らせが入ったと言っていたな」
「良かったですわ。無事に到着したんですね」
「あぁ。別邸の1つに案内させると言っていたんだが…」
「だが?」
「いや…。別邸であれば親子だけで気兼ねなく過ごしてもらえるからね」
「そうですわね。長旅の疲れもあるでしょうし…」
アルヘルムの語尾になにか引っかかるようなものがあったが、アデライーデはアメリーが無事にバルクに着いた事にホッとして紅茶に口をつけた。
お昼少し前に執務室に国境警備隊からの早馬でアメリー入国の知らせが入り、タクシスはすぐに王都の別邸に案内するよう指示を出していた。夕方少し前に別邸より到着の知らせが入った時に「奥様がお客様を丁重に出迎えられております」との使者の言葉を聞いて、タクシスが書類を放り投げて帰って行った事をアルヘルムはアデライーデには言えなかった。
タクシスもアルヘルムも、アメリーの「聞いた話から忠実にその場面を絵で再現できる力」を恐れていた。アルヘルムが忙しさにうっかりアデライーデの友人の訪問を許可してしまい、タクシスが慌ててあくまで帝国での「1協力者として」招く客人の中に紛れ込ませようとしてくれたのだ。
無論、タクシスがアデライーデに進言した言葉に嘘はない。…公的には。だが2人の真の目的はメラニアとテレサから挿し絵画家としてのアメリーをできるだけ隠したかったのだ。
アルヘルムとタクシスの思惑としては、新年祭ぎりぎりまでタクシスの別宅に身を潜めさせ…いや…逗留してもらい、あわよくば新年祭後にバルクでの『瑠璃とクリスタル』のお披露目に忙しくなるであろうメラニア達にできるだけ接触をさせないようにする手はずだったのだ。
タクシスが急いで別邸に駆けつけた時に、メラニアは優雅に微笑んで出迎えた。
「ブルーノ。おかえりなさいませ」
「あぁ、ただいま」
いつものようにメラニアの頬にキスをするが少しぎこちない。
「あの挿し絵画家の方を我が家にお迎えするのに、なんで教えてくれなかったの? ここに飾っていた絵画を選びに来なかったら、気が付かなかったわ」
「う…うむ。お…驚かせようと思って。君がスケッチブックの事を気に留めていたからな」
「まぁ…!ブルーノ!ありがとう。気にしてくれてたのね。私ずっとお願いしたかったのよ。嬉しいわ、とても」
喜ぶメラニアに引きつった笑顔がわからないように、タクシスは抱きしめ小さなため息をついた。




