264 お手紙事情と朗報
「ね。お手紙って、そんなに遅くなる時があるの?」
「バルク国内であればさほどございませんが、国を跨ぐと遅くなる事が多うございますな。大雨や長雨で川を渡れず何日も待たされたり、治安の悪い場所であれば早めに宿をとり宿泊を多くしたりいたします」
コーエンが出ていった後でアデライーデは、レナードにこの世界の郵便事情を聞いていた。この世界の郵便事情は天候や治安に左右される前世で言うところの飛脚がいた江戸時代のような感じであった。
「でも、帝国からバルクまで川はなかったし、治安の良くない場所もなかったと思うんだけど…」
「アデライーデ様のお輿入れの際は特に安全な街道を選び、事前に各領主様達が治安強化を進められておりました。警護の者も多数おりましたので、そのようにお感じになられたのかと…」
レナードの隣にいたマリアが、輿入れの時の事情を説明する。
「普段は違うの?」
「今は皇后様がバルクへの街道のみならず、各領主様達へ街道整備を奨励されておりますし、帝都とバルクの間は穀倉地帯で昔から流通が多く治安維持に熱心なご領主様ばかりですので、安全と言われておりますね。帝国内でも場所にもよりますが、領地境などではそれなりに気を配るようですわ」
気を配るとは、護衛の人間を雇って安全に旅をするという事である。貴族は自分の領地内を通る者に通行税をかける。その通行税を使って街道の整備をしたり警備兵を雇い自領の治安強化をするのだが、通行税を十分に街道整備や警護費に回さない領主もいるのだ。
そういう領主の治める領地にある街道は、大抵領地境の警備が手薄になりがちなのである。
領地境の街に多くの傭兵がいる場合、旅慣れた者はここから先は治安が悪いと感じ、次の街まで傭兵を雇うのだという。
--そうなのね。時代劇とかで旅をする時に追い剥ぎや強盗とかのシーンがあったけど、この世界ではそれが現実なんだわ。配達人が無事なら良いんだけど…。
現代でも強盗や泥棒の被害はあれど、還暦近くの自分もだが、身近な人間でもそういう目にあった人を知らず、テレビのニュースでしか知らない陽子さんは少し複雑な気持ちでレナードとマリアの話を聞いていた。
「じゃ、アメリーからの手紙がこない可能性の1つに、そういう事があるかもしれないのね」
「そうでございますな。帝国からバルクへは安全と言われておりますが危険が全くないわけではございません。しかし、手紙が届いてからでないとなんとも理由がわかりません」
「そうね…」
「申し訳ございません。使者に返事を持ち帰るように言いつけるべきでございました」
「いいのよ。考える時間が必要かもしれないからと断ったのは、私なんだから」
通常貴族が手紙を使者に託す場合、返事を持ち帰るように言いつけるのだが、ここまで遅れるとは思っていなかった陽子さんは気軽に考えていたのだ。
「アメリー様の事もご心配とは思いますが、明日から新年祭のために王宮に参りますのでご準備を…」
「ええ…」
マリアに促されて王宮に持参するドレスや宝飾品の確認をする為に、アデライーデは自室に戻りマリア達と準備を済ませると、その日はアメリーからの連絡がないのを気にしながらも眠りについた。
翌日、王宮からの迎えの馬車からアデライーデが王宮に降り立つとナッサウの出迎えを受けた。王宮に用意されているアデライーデの自室でナッサウからアルヘルムやテレサは新年祭の準備に忙しく出迎えができない詫びと晩餐の時に会えるのを楽しみにしているとの伝言があった。
「ねぇ、ナッサウ。タクシス様もお忙しいわよね?」
「タクシス様に何か御用がございますのでしょうか?」
「ええ、アメリー・ノイラート嬢がこちらに来られるかご存知ないかと思って…」
「帝国のディオボルト・ノイラート男爵のご息女でいらっしゃるアメリー嬢でございますか?」
「あら?ナッサウ、アメリーを知っているの?」
「はい、タクシス様より新年祭にお招きするお客様とお伺いしております。アデライーデ様のご友人であるが、表向きはタクシス様のお客様としてお招きするので丁重にお迎えするようにとお聞き致しました」
「じゃあ、アメリーはこちらに来ると返事があったのね」
「招待状を持たせた使者より、出席のお返事を頂いているとお伺い致しております」
「返事が来ていたのね。良かったわ」
アデライーデと違い、タクシスは使者にきっちり返事を持ち帰るように命じていたらしい。ナッサウからアメリーが新年祭に出席すると聞きアデライーデは、ほっと胸を撫でおろした。
「いつ、こちらにいらっしゃるのかしら」
「本日のご予定でございます。タクシス様のお屋敷にご逗留されるとの事ですので、新年祭当日にお父君と登城されるご予定とのことでございます」
「ありがとう。安心したわ」
「では、私はこれにて」
国内でも遠方から新年祭や公式行事に出席する場合、旅の途中のアクシデントを考慮して10日から7日ほど前には王都に入るようである。王都にタウンハウスを持つものはそこに、持たない貴族は王都のホテルや知り合いの屋敷にお世話になるのが普通の事のようだ。
ナッサウが退室したあと、アデライーデとマリアは顔を見合わせてアメリーの無事を喜んでいた。




