262 友人と手紙
「あれから、みんなはどう?」
「どうと申しますと?」
新年祭まであと7日程になり、流石にアデライーデはレナードの特訓の成果が気になり、アデライーデ自身の新年祭用のドレスの確認が済んだ午後のお茶の時間にレナードに尋ねてみた。
「みんなレナードの及第点はもらえたのかしら?」
「ハンス殿は問題ございません。マニー殿もお若いだけあって覚えも早うございました。コーエン殿も杖の扱いに最初は戸惑われておりましたが、最近は杖に馴染まれたのでしょう。とても自然に杖を使われて足が不自由だとはわからぬようになっております」
「え?そうなの?」
「はい。練習の為だと普段から杖をお使いになっているようですね。歩くだけであれば、初対面の者にはわからないかと思います。ですので今は目上の方との挨拶の時の杖の使い方を、重点的にお教えしております」
「そう。叙爵の練習以上の事までやってくれたのね」
「いえ、お教えするのであれば当然のことでございます」
「ところで…。マデルはどうかしら。少し心配していたのだけど」
「マデル殿も最初は戸惑われておりましたが、最近はめきめきと良くなっておりますよ」
「本当に?!」
「ええ、10日ほど前からでしょうか。それまでは少しやる気が控えめでしたが、その日を境に積極的になられ、あとは所作を繰り返して体に覚え込ませるだけでございます」
「そう…良かったわ。レナードありがとう」
「もったいないお言葉です。皆さんそれぞれに教えがいがあり、私も楽しい時間でございました」
「あとは新年祭を待つばかりね」
「左様でございますな。明日には皆様の衣装が届けられる予定でございます。併せてコーエン殿の杖も届くかと思います。是非アデライーデ様よりご下賜いただけますでしょうか?皆様お喜びになられるかと…」
--ご下賜という程ではないのだけど…。単なるお祝いの贈り物なんだけど、でもまぁ正妃からの贈り物は、みんなそうなるわよねぇ。
微妙な気持ちになりつつも「ええ」と頷き、ティーカップに手を伸ばした時に、はたと思い出した事があった。
「帝国から私宛に手紙が来てないかしら?」
「帝国からでございますか? いえ、受け取っておりませんが…。確認してまいりましょう」
アデライーデ宛の手紙が離宮に来れば、何より優先されてレナードに知らせが入る。レナードが受け取ってないとなれば、まだ返事が来てないとなるがレナードは確認の為に階下に降りていった。
「アデライーデ様、お返事…遅いですわね」
「そうね。急な誘いだったから、無理なのかも」
「そうかもしれませんが、アデライーデ様からのお誘いにお返事がないとはありえませんわ。仮にお越しになれなくとも必ずお返事があるはずですわ」
アデライーデは、アメリーと父親のノイラート卿を新年祭に友人として招きたいとアルヘルムにおねだりをしていた。アルヘルムはすぐに良いのではと言ってくれたが、それに待ったをかけたのが宰相であるタクシスだった。
新年祭は公式行事である。そこに正妃の『友人』として『帝国からわざわざ』招くとなると国内の貴族にはもちろん、他国の招待客にも事前の知らせと新年祭での紹介が必要となる。
無論アメリーも注目され、ドレスから所作、挨拶の受け答えなど一挙手一投足に貴族達に関心が集まり、何かをすればすぐに噂が走るようになる。
「そして離宮にお住まいになり、滅多に社交の場にお出ましになられないアデライーデ様になんとかツテをつけたい貴族達の、格好の餌食となりましょうな」
「餌食…」
「未婚のご令嬢であれば、その場で求婚を申し込まれる事もございましょう」
「ええ?! だめよ!アメリーにはコーエンがいるのよ」
「帝国貴族とは言えども男爵と言う爵位であれば、招かれた先の高位貴族からの求婚を無碍には断りにくうございます。まして正式な婚約者もいないご令嬢であれば、断る理由を探す方が難しいでしょう」
「………」
--うううー。なんて面倒なの。貴族社会!村に呼ぶのは簡単だったのに…。
アルヘルムから「良いのではないか?」との手紙が着いてさほど時間も経たないうちに「先触れもなく失礼」とやって来たブルーノから友人としてアメリーを新年祭に招くのには賛同しかねると話を切り出されたのだ。
「じゃ、アメリーを新年祭には呼べないのね」
アメリーにコーエンの晴れ姿を見せてあげたかっただけなのにと、しょんぼりしているとタクシスは「お呼びする事はできるかと…」にっこりと笑った。
「え? いいの?!」
では、今までの反対は何だったのかとアデライーデが驚いて尋ねると、タクシスはこほんと咳払いをしながら言葉を続けた。
「あくまで『正妃様のご友人』としてのご招待は、ご本人にも周りにも影響が大きいのでお辞め頂ければ…。そうですね。そのご令嬢は確か『瑠璃とクリスタル』を手掛けたソフィー・ミュラー殿のご友人でもあるとか」
「ええ。そうよね?マリア」
「はい。ソフィー様はアメリー様のご友人でございますわ。ソフィー様を紹介してくださったのはアメリー様ですし『瑠璃とクリスタル』はアメリー様達が学生時代からの夢を込めたものですわ」
アデライーデの隣で固唾をのんで成り行きを見守っていたマリアが、タクシスに懸命に説明する。
「ふむ…。では『瑠璃とクリスタル』に協力した帝国貴族の方として、私がバルクへ招待したという形を取りましょう。それであれば私の客人として、そのご令嬢を庇護できますので」
「庇護…」
理に敏い貴族達は自分達の利権を守る為、自分の爵位より高位の貴族の寄り子となり、寄り親の高位貴族は他の貴族からの意に沿わない要求などから寄り子の貴族を守るのだ。国外からの客人は招いた貴族が寄り親代わりとなる。
「余計な仕事を増やしてしまったようで、申し訳ないわ」
「いえ、宰相の仕事のうちですので。では早速そのように手配し、すぐに正式な招待状をご用意いたしましょう」
「私からの手紙も一緒に出していいかしら?」
「承知致しました。では招待状ができ次第こちらに使者をつかわせましょう」
そう言うとタクシスはアデライーデに深くお辞儀をして、王宮に帰っていった。そうやってアデライーデは翌朝来た使者に経緯を書いた手紙を持たせたのが3週間程前の話だ。
新年祭まであと7日。アメリーの返事はまだ来てはなかった。




