26 ごあいさつのお菓子
「ねぇ…マリア 午後から王宮大書庫に行きたいんだけど…ダメ?」
陽子さんは朝食後のテーブルで、紅茶を持ってきてくれたマリアにお願いをしてみた。
「え? 本日午後からですか? あの『山』をご存知でそれを仰るのですか?」
ジト目でアデライーデを見るマリア。
まぁそれも仕方ないくらい祝いの品が床にてんこ盛りだ。
昨日まで玄関のベルは鳴りっぱなしで、ドアは開けていたほうがいいんじゃないかというくらいだった。
今日も朝食後だと言うのにすでに何個か来ている…。
「えーっと、グリフォン様にお借りした本をお返ししてお礼を言いたいし王宮大書庫の文官の方たちにも最後のお礼を言いたくて…。もうお会いできないかもしれないし…」
陽子さんは、借りっぱなしになってる地図や紀行本のお礼を最後に言いたいと思っていた。
「それは…まぁ…お礼を言われたいのはわかりますが…」
マリアは普段のアデライーデの使用人達に対する態度から、直接お礼をしたいのも無理もないことと思っていた。
だが…しかし…
王宮大書庫へ行くとなれば早くても4時間(お支度時間込)は取られる…
本日中に記帳と返礼が終わるのかしら…
明日は午前中からお支度だし…
ぐぬぬ…
ここは…心を鬼にしてだめと言わないと!と思っていると
座っているアデライーデにそっと手を取られた。
「ね…もうお会いできないかもしれないし。最後に…」
と、アデライーデが大きな青い瞳をうるうるさせながら上目遣いでお願いをしてくる。
(か…可愛い…!アデライーデ様のひきょうものー!)
「ね。お願い」
陽子さんはマリアを見上げながら少し首を傾げ可愛くお願いをしてみた。
薫直伝のあざとかわいい?と言う必殺技らしい。
「お父さんにもやってみてよー」となぜか練習させられたこの仕草で、大抵のお願いは叶うらしい。
雅人さんには通じなかったが…(一応試してみた)
ごっふぅ…
マリアの中で何か変な音がした…
「……………。 し…しかたありません。その代わりご挨拶だけですよ」
「ありがとう!マリア」
アデライーデはマリアに満面の笑みを向ける…
中身はアラカンだが、アデライーデがするあざとかわいい仕草の破壊力は抜群のようだ。
(なんか…ごめんねマリア。でもどうしてもご挨拶したいのよ)
マリアは、なんだか負けた感があるが仕方ない。
普段滅多に我儘を言わないし、たまに言うお願いくらい叶えて差し上げたいと気を取り直した。
「あ、お菓子とかあるかしら…」
「お菓子でございますか?」
「ええ、できれば文官の皆さんにちょっとした物を持って行ければと思って。クッキーとかキャンディとか」
なんてお優しいんだろう…
文官達にまでお気遣いをされるなんて…
「頂いたお菓子でなにかあるかしら」
「それは辞めたほうがよろしいですわ」
「え?」
「使用人たちは主からの御下賜品を自慢し合うんですよ。アデライーデ様からの御下賜品であれば食べずに見せびらかすに決まっています。その時に誰かから頂いたものになると良い噂と悪い噂が広がります」
「ええ?良い噂と悪い噂?」
「良い噂はアデライーデ様がお優しいと言う事、悪い噂は頂いたお菓子がお好きでないから使用人たちに体よく下げ渡して人気取りをしたと言われます。そしてお菓子を送った方に恨まれたりします」
(ええええ!…何その大奥みたいな思考回路!)
半世紀以上生きてきているが、そんなこと考えたこともなかった陽子さんはあいた口が塞がらなかった。
アデライーデがぽかんとしているのに気がついたマリアは
「アデライーデ様はそう言うことに対するご経験はありませんものね。でも何かご用意されたいんですよね」と頼もしく笑うと、少しお待ちくださいと出ていった。
30分ほどしてマリアが戻ってくるとアデライーデに告げた。
「今、厨房にアデライーデ様がお出での時に大書庫に果物水を用意してもらうようにお願いしてきました。それと離宮でお仕えしていた皆さんはそういう事はお分かりの方々と思いますので、そちらには日持ちのするお菓子を届けていただくようにお願いしてきました」
「マリア、マリアは最高の侍女だわ!」
陽子さんは感動していた、自分がマリアの年の頃はこんな事思いもせずに過ごしていた。いや、いまの年でもここまで気がつくことはできないかもしれない。
「でもマリア…本当に私についてきてもいいの?ご家族と会えなくなるかもしれないのよ。それに結婚だって…」
「もちろんでごさいますとも!どこまでもお仕えいたしますわ」
マリアは胸を張って答える。
「嫁ぐのもお仕えするのも変わりありません。むしろロクデナシの宿六を養うくらいなら好きにお給金を使える今の方がどれだけ幸せかわかりませんわ!」
庶民は大抵共稼ぎらしく、貴族とはいえ貧乏育ちのマリアは実家の商会で働いているオバサマ方の愚痴を聞いて育ったせいか、変な方向で耳年増らしい。
結婚に憧れてはいるが、昔はイケメンだったが今は見る影もない甲斐性なしとかの話を聞いているらしくマリアの男性観はかなり厳しいようだ。
そしてなぜヒモ男前提なのか…
「そ…そう? ちょっと違うような気もするけど」
「そんなものでございますよ」
(いや…マリア…かなり歪んでると思うわよ?)
マリアから見たらまだ成人前のアデライーデは、政略結婚のない庶民や下位貴族の結婚に憧れがあるようにみえるらしい…
実際はマリアの3倍は生きているのだが。
「今まで仕えたどの方よりアデライーデ様にお仕えするのは楽しゅうございますわ。もっと着飾っていただければもっと良いのですが…」
マリアはニコニコ笑いながら言う。
「(ギクッ) それは…追々… 明日着飾るし!」
明日は朝からお風呂の住人になるのを覚悟しなければいけないらしい…
「ご安心ください。国外に嫁ぐ皇女様の侍女にはお給金の他に両親に年金が付きます。おかげで末の妹の持参金の用意の心配も無くなりますしね」
笑いながら言うマリアを見て陽子さんは思った。
(そっか…マリアはマリアでいろいろ背負っているものもあるわよね)
「ありがとう。マリアと一緒に行けるのは本当に嬉しいわ」
陽子さんはこれからの事を思うと、心強い味方がいてくれる事に感謝しかなかった。
マリアは優しくアデライーデの手を取ると、アデライーデに話しかける。
「アデライーデ様… そろそろお支度いたしましょうか?」
「え!早くない? 少しお返事書いてもいいかな…って」
「先程厨房に行くついでに、マルガレーテ様にアデライーデ様の代筆をお願いしてまいりましたわ。アデライーデ様は文末のサインだけで良いそうですよ」
「え?え?」
「最後のご挨拶ですものね。いつもの大書庫通いより念入りにお支度しないと!」
マリアはアデライーデの手をとってない左手をわしわしとぐーぱーした。




