258 頼み事と贈り物
「……と、言う訳なの。レナード、コーエン達に授爵の時の作法の指導や服装の助言をお願いできないかしら?」
コーエンの家から帰ってきてすぐにアデライーデはレナードに、そう頼んでいた。
「私が…で、ございますか?」
「えぇ、だめかしら?」
アデライーデはソファの側に立っているレナードを、チラと見上げながら尋ねるとレナードは表情を崩さずにコホンと小さな咳払いをした。
「いえ、助言をさせていただくのになんの問題もございません。コーエン殿達はアデライーデ様からの依頼を見事に果たしての叙爵…。しかも正妃の村からの叙爵でございますゆえ、他の方々より注目されるはずでございます。正妃の村からの男爵誕生にふさわしい服装をお選びいたします。仕立て屋を手配いたしてもよろしいでしょうか?」
「ありがとう、レナード。もちろんよ。私からの贈り物と言う事にしてもらえるかしら?」
「御意」
すんなりとレナードが頼みを引き受けてくれた事にほっとしたアデライーデが用意されたお茶に手を伸ばそうとした時に、またレナードの小さな咳払いが聞こえた。
「そして作法の方ですが、服装に恥じぬようそれなりの形にまで仕上げたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
そう言って、レナードが柔らかな笑顔でアデライーデに確認する。これはもしかしたら、大変な事になるのかもと引きつった笑顔でアデライーデは問い返した。
「それなりの形って?」
「貴族と同じ…とは申しませんが…。まぁ…軽く見苦しくない程度でございます」
怖い…。
レナードの言う「軽く見苦しくない程度」と言うのがどれほどの事か想像がつくようでアデライーデは、引きつった笑顔のまま「お手柔らかにね」と言うしかなかった。
「あの…。叙爵の場に立ち会った事が無いのでよくわからないのだけど…。難しい作法が必要なのかしら?」
「いえ、元々庶民が初めて爵位を賜るので作法と言う程難しい所作はございません。それに王の御前で粗相が無いように指南役が一人ひとりに付くようになっております。指南役の指示にて並んで入場し、名を呼ばれ簡単な功績の紹介の後、一歩前に進み軽く会釈をして『謹んでお受けいたします』と一言口上を述べるだけでございます」
「まぁ…、そうなのね」
「その後は、顔見せを兼ねて新年会に参加して終わりでございます。名誉男爵の場合は、引き立てた貴族がそれぞれの派閥の方にご紹介をされますが、彼らの場合はそれがアデライーデ様となります。しかし正妃様が皆に引き合わせる訳にはいきませんので、どなたか代理の方が付かれるかと思います」
−−そう言えば皇帝陛下に初めてにお会いした時も簡単な作法の練習があったわね。そうねぇ…、テレビで見た皇居での何かの授与の放送も前に進んでお辞儀しておわりって感じだったわね。
ふむふむとレナードの話を聞きながら陽子さんの頭の中では、前世テレビで見た皇居での国民栄誉賞や勲章授与、園遊会のシーンが再生されていた。
「アデライーデ様。ひとつ、よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「コーエン殿は少し足がご不自由ですので、杖をついての歩き方の指導をしてもよろしいでしょうか?」
「杖を?」
「はい、爵位を持つ者は御前でも杖を持つ事を許されております。授爵の内示が下った場合、授与の場にも特例として許されますので作法的に問題はございません」
ここバルクでも庶民から名誉男爵となる者は長年の功績を認められ授爵となる場合が多く、ほとんどが老年に近い。それを慮っての事だった。
「良いと思うわ。その場合、杖はどのような物が良いのかしら」
「持ち手の形には好みがございますが、杖には黒檀や紫檀を使った物が多うございます」
「そう、それも用意してあげて。もちろん私からの贈り物としてくれる?」
「承知いたしました」
レナードはそう言うと、手配のために下がって行った。
「レナード様が快くお引き受けしていただいて、良うござましたわね」
ぬるくなった紅茶を差し替えながら、マリアはにっこりとアデライーデに微笑んだ。
「ええ、レナードは断らないと思っていたわ」
「ふふっ…。明日には仕立て屋職人がきて採寸でございますね。楽しみですわ」
「そう言えば、授爵式には本人だけ?ご家族は呼ばれないの?」
「もちろん家族も招待されます。場合によっては、その方の婚約者の方も家族として招待される事もございますわ」
「ねぇ…。アメリーとは婚約してるのかしら」
「…お付き合いされているとはアメリー様よりお聞きしましたが、正式なご婚約はまだではないでしょうか」
「そう…折角ならアメリーもコーエンの晴れ姿を見たいでしょうに」
「そうですわね。でも、まだコーエン様の授爵もお知りになっていないのですし、それにアメリー様のお父様との顔合わせすらしていないのですから少し難しいかと…」
授爵の場は公式なので、家族以外の参列は難しいようだ。
「そう…」
なんとかならないかしら…、そんな事を考えながらアデライーデはマリアが話す男性貴族の服装の流行りを聞いていた。




