255 メラニアと昼下り
「それで、給仕たちの服は整ったのかしら?」
メラニアがローズヒップティの入ったカップを音も立てずにソーサーに戻して報告に来たお気に入りの仕立て屋ににっこりと話しかけると、少し前髪前線の後退したテーラーは、「御意」と恭しく頭を下げた。
「仰せのとおり、整いましてございます。各人のサイズに合わせ抜かりなく」
テーラーがそう言うと同時に扉が開き、1人の給仕が客間に入ってきた。明るい茶の瞳に整った顔立ちで、濃い茶の少し癖のある髪を整えすらりとした身体にピッタリとあったお仕着せを着た給仕は、一分のすきもない完璧な姿である。
「……ふぅん、良いわね」
モデルの給仕をじっくりと見てメラニアは、その給仕にお茶を差し替えるように頼んだ。
「給仕長も同じ仕着せでございますが、金のピンを襟用に用意してございます」
そう言って差し出されたケースに入った金のピンは、バルクの紋章をモチーフにした意匠だ。
「これも素敵ね」
もちろんメラニアのサロンの彫金師に作らせた一品である。
ソープカービングの茶会の後、メラニアは直ぐにサロンの芸術家達を集めこの館をバルクでの『瑠璃とクリスタル』に改装する事を告げた。
最初はメラニアの宣言にびっくりしていた芸術家達も、この『瑠璃とクリスタル』に自分達の作品が飾られると聞き、俄然創作意欲が湧いてきた。
なぜなら、帝国の『瑠璃とクリスタル』は色で小部屋を分けていたが、本国の『瑠璃とクリスタル』は各芸術家達にそれぞれ部屋が与えられる…つまり自分専用のギャラリーとなるからだ。
現代では馴染みのあるギャラリーだが、この世界では美術品はその殆どを貴族が収集している。その収蔵品は親しい間柄の者に見せられるのみ。そこで気に入られれば声をかけられ、中には王宮お抱えの画家や彫刻家になった者もいるにはいるが、いかんせんその機会は少ない。
しかし、大勢の貴族が詰めかけるであろう『瑠璃とクリスタル』ならば日の目を見る機会は飛躍的にあがる。彼らの心は浮き立った。
「ちょうどいいわ。お菓子やお料理の試作も出すように厨房に伝えてくれる?」
「かしこまりました」
メラニアは王宮から借り受けた調理人や菓子職人に帝国の『瑠璃とクリスタル』で作らせていたものを再現させていた。試食を重ねるうちにふと気がついたのだが、中に数人素晴らしく盛り付けの上手な者たちがいたのだ。
その職人達を盛り付け専用職人として競わせると、彼らは伝統的な取り合わせとは違ったソースや食材を合わせてきた。特に目を引いたのは最近南の大陸のズューデン大陸から入ってきたココナッツを使ったソースや菓子である。
メラニアはこれを使った料理や菓子を昼の推しにしようと、考えていた。もちろん夜のデザートの推しは、アデライーデが披露したクレープシュゼットだ。
クレープシュゼットは、アルヘルム達とその菓子職人を借り受けたメラニア達だけが口にしている。その場で少数しか作る事ができないクレープシュゼットは現在王宮でのみでしか口にすることができない。豊穣祭から新年にかけては何かと昼の公務が多く、この時期王宮で催される晩餐会はほとんど無いので、うわさが噂を呼び幻の菓子と言われているのだ。
元々自分の好みで整えられている館の改修は殆ど必要なくシャンデリアも『瑠璃とクリスタル』の為にと、都合をつけてもらい館の準備はできている。料理人も菓子職人も幅をもたせた給仕たちも揃い、今はメニューの吟味と控えの給仕の採用と訓練だけになっている。
メラニアとしては明日にでも始めたいのであるが、時期の調整に年明けまで待ってほしいとアルヘルムやブルーノから頼まれていた。何故ならば新年祭には近隣諸国からの祝いの使者が来賓として招かれる。
その来賓達も『瑠璃とクリスタル』の開店に招き、今のバルクの繁栄を近隣諸国に周知させたいのがアルヘルムとブルーノの狙いである。
まぁ、それも豊穣祭で招かれた大使達はバルクの急速な繁栄を感じ取ってはいるのだが、彼らの本国では俄には受け入れられてないのだ。
「早く新年があけないかしら…。あぁ、時が経つのが待ち遠しいわ」
新作の菓子を口にしながら、メラニアの午後は過ぎていった。




