252 小雪とマント
「はぁ…。素敵でございました、陛下からの贈り物。皇后様からの宝飾品も素敵でしたけど、本当に見事な毛並みのセーブルでございましたわ」
「そうね、初めて見たわ。白セーブルのショールなんて」
「はい、襟飾りに使われている事が多いのですがあれほどふんだんに使われているのは見た事がございませんわ。お出かけの際はぜひお使いにならないと!」
マリアと二人でとった夕食の時の話題もセーブルのショールとマフの話が中心だった。庶民は毛糸の手袋やマフラー、ショールが主流で毛皮のショールやマフが使えるのは貴族女性や裕福な庶民のステイタスのようである。この世界も毛皮は富の象徴らしい。現代で毛皮は動物愛護の考えから廃れつつあるがダウンジャケットや新素材の無い世界では必需品なのであろう。
「ところで、ヨハン様はガラスの街の建築許可を持っていらっしゃったのよね?いつまでバルクにいらっしゃるのかしら?」
「建設予定地の視察と新年の使者も兼ねてとお聞きしていますので、年明けまではこちらにいらっしゃるかと…」
食後に居間に移動して、お茶を差し出しながらレナードは王宮から告げられたヨハンの予定をアデライーデに教えてくれた。
「そう…。ゆっくりとされるのね。せっかくだから、ぜひメーアブルグの街も楽しんでいってほしいわ。新鮮な海産物は帝国では中々口にできないもの」
「左様でございますな。そう言えばアデライーデ様、明日アルヘルム様がこちらにいらっしゃると知らせが先程参りました。昼食を共にされたいとの事でございます」
「わかったわ。アルトによろしく言っておいて」
「御意」
「では、明日早速贈られたショールと宝飾品でお出迎えいたしましょう。あ…ショールにあうドレスを今晩中に選ばないと…」
明日でもいいのでは?と言うアデライーデに、マリアは明日の朝はお支度がございますからと、食後のお茶も早々に辞していそいそと衣装部屋に向かっていった。
「明日、離宮に行くのか?」
「あぁ、ここしばらく忙しくてアデライーデの顔を見てないからな」
そうは言っても前回離宮に行って10日も経ってはいない。
離宮に行く時間を作るため、忙しく書類に目を通すアルヘルムをやれやれといった顔でタクシスは見やるが止めるような野暮は言わずアルヘルムの机の書類の一山を自分の机に引き取った。
翌日、小雪がちらつき始めた昼少し前にアルヘルムが馬を走らせ離宮に向かうと、赤味の入ったローズグレーのドレスに白いストールとマフに手を入れたアデライーデがいつものように玄関の前で出迎えてくれた。
急いで馬から降り久しぶりとアデライーデを抱きしめ、少し冷えた唇をアデライーデの頬にあてると、ほんのりと温かく甘いオレンジの薫りがアルヘルムの鼻をくすぐる。
「寒いのだから外で待つ事はない。中で待っていれば良いのだよ」
「待っていたのはほんの数分ですわ。それに陛下がストールとマフを贈ってくださったので寒くはございませんわ」
「……見事なセーブルだな」
「ええ、汚してしまわないか、ヒヤヒヤしてますわ」
そう言って微笑むアデライーデを、アルヘルムはちょっぴり複雑な気持ちになりながらも、よく似合っていると伝えて自分のマントに包むようにして従僕たちが開けた離宮の扉をくぐった。
暖かく調えられた居間で食後のお茶を並んで楽しみつつ、食事の間にも話題になっていたガラスの街の話に花を咲かせていた。すでにこの世界にもあるステンドグラスを使い光をたくさん取り込んで明るく華やかな建物で、バルク特産のガラス製品を売りだす事や街の住人達にはバルクの伝統的な服を着せれば統一感があっていいな…とか、楽しい話題は尽きなかった。
「そうなれば、宿泊施設も建てねばなるまい。しかし近隣諸国からの客を賄えるだけのものとなると使用人の教育も含めて時間が必要だな」
「それであれば、宿泊施設は帝国側の国境の領の方にご協力をお願いするのはどうですか」
「ライエン伯爵に?」
「ええ。お隣なのですから、その方のご領地にも利益を落とすようにすれば、今後何か問題が起きた時にもご協力をお願いしやすくなると思いますわ。その方のご領地にお客様がお泊りになりガラスの街に遊びに来るのです」
「ふむ…」
確かにそれであれば、ガラスの街を造ることに人員も資金も注力できる。ライエン伯爵とは代々親しく付き合い人柄も知っていた。アデライーデの輿入れの際も色々と情報や便宜をはかってもらってもいたので、オイルサーディンに使うオイルや一時高騰した豚等はライエン伯爵領から優先的に購入するなど今も良い関係を築いている。
--一考の余地があるな。
アルヘルムは、ティーカップをテーブルに戻すとアデライーデに問いかけた。
「ところで、南のズューデン大陸との交易の話だが…この大役に資金はともかく、我が国には人材が足らないのが目下の悩みでね」
「へ?大役って…今も交易をされてますのに?」
「いや…陛下から帝国がかの大陸と交易を始めたいとの事で、バルクをその窓口に…とのことなのだが、陛下から何も知らせは無かったのかい」
「ええ、何も…。ヨハン様もそのようなお話はされませんでしたわ」
きょとんとするアデライーデの髪を、アルヘルムは優しく見つめながら撫でていた。




