227 ガラスの街と思惑
「テーマパーク?」
きょとんとした顔でメラニアが問うと、テレサもその話に加わってきた。
「アデライーデ様、それはなんでございますの?」
「その…いわゆる夢の街ですわ。1つのテーマを掲げてそれに沿った雰囲気のお店や劇場をつくって楽しむのですわ。そうですね。クリスタルガラスをテーマにするなら、ガラスの街に迷い込んだ貴婦人がその街のカフェや劇場で楽しむと言う感じで…、どなたもそこでは夢の街に迷い込んだと言う設定でその街を楽しむと言う感じです」
もちろん、コンセプトはあの『夢の国』である。
「それは…美術や芸術の街ということですか?」
「ええ、そんな感じですわ。その場所の中ではすべて統一されたテーマに沿って作られるのですわ。花の街やガラスの街、芸術の街とか…」
「素晴らしいですわ!!そのような事、今まで誰も思いつきませんでしたわ」
メラニアが感動したようにアデライーデの両手をとると、満面の笑顔で迫ってきた。
--それは私のアイディアではなく、現代では当たり前の事なんだけど…
夢の国に限らず、お店でもコンセプトを持って開店するがそれは現代の常識であり、この世界では聞いたこともない話なのだ。
「そうでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ!あぁ、どうしましょう。どこに造れば良いかしら」
ウキウキと話し始めたメラニアにテレサが声をかけた。
「帝国との国境の土地なら空いてるわ。あそこは国の直轄領だからアルヘルム様にお願いすれば良いかもしれないわね」
「それは良いお考えですわ。帝国や近隣諸国との方々もお呼びできますわね。でも、出来上がるのにどのくらいの年月がかかるのかしら」
「完成まで数年といったところかしら?長くて10年くらいかしら?」
「かなりかかりますねわね。1から造るのは楽しみですがそれまで待てませんわね」
「まずは帝国と同じく『瑠璃とクリスタル』を始めて、そこで色々な希望を取り入れて夢の街に活かせればよろしいのではなくて?」
テレサの提案にメラニアは目を輝かせて、それはいい考えだと同意した。
「それであれば私が個人で持っている屋敷がございますわ。そこを使いましょう。そうすれば来年にでも皆様を呼べますわ」
「よろしいのかしら?あそこはメラニア様の懇意の芸術家達のサロンでございましょう」
さすが公爵夫人。個人で屋敷を持っているとは驚きである。
「あら…こんな刺激的な事。あの方達が飛びつかないはずはございませんわ。その場に関われるのであれば、今以上にサロンにいらっしゃいますわよ。その時にはぜひ、帝国の『瑠璃とクリスタル』に貢献してくださったミュラー夫人をお呼びしないと。きっと芸術家の友人達も『瑠璃とクリスタル』に刺激を受けてより一層創作に夢中になるはずですわ」
「何に夢中になるのかな。タクシス夫人?」
メラニアがそう言った時に、不意に後ろから声がかかった。
いつの間にか男達との話が終わったのか、アルヘルムとタクシスがアデライーデ達3人の後ろに立っていた。
「良いところにいらっしゃったわ。夢の街をつくりましょう? ね、ブルーノ」
「いきなり、どうしたのだメラニア」
花が綻ぶように笑うメラニアに、ブルーノは面食らっていた。社交の場では完璧な淑女の仮面を外さないメラニアが、夜会でこんな素の顔を出した事は今までなかった事なのだ。
「アデライーデ様が素晴らしい提案してくださったのよ。クリスタルガラスと芸術の街をバルクにつくるのですわ。ね、アデライーデ様」
「え?えぇ」
「さぁ、お話してくださいませ。先程のガラス街のお話を」
驚いた顔をしているタクシスに陽子さんも、まさかメラニアが自分の言った話にこれ程食いついてくるとは思っていなかった。「できたら、良いですよね」「本当にね。楽しいでしょうね」程度の話で振ったつもりでいたのだ。
「……テレサ。何があったんだ。メラニアがあんなにはしゃいでいるなんて」
はしゃぐメラニアを見て、こっそりとアルヘルムがテレサに耳打ちするとテレサは笑いを抑えきれない様子でアルヘルムに囁いた。
「ふふっ。あちらで皆でお話いたしましょう。噂の種は充分に撒きましたのよ。すでに芽を吹き始めてますわ」
そう言って、ちらりと周りを見回すと今までのメラニアとテレサ、そしてアデライーデの話を聞いていた貴婦人達は目を輝かせてこちらを見ている。
アルヘルム達5人は、広間の階段を登り中二階にアルヘルム達専用に用意されたテーブルに着くと、出されたワインでまずは乾杯をした。
クリスタルガラスで出来たワイングラスを、うっとりと見るメラニアを見て、タクシスが話題を切り出した。
元々アルヘルム達は、今日の夜会でクリスタルガラスのシャンデリアの話をし、テレサとメラニアは『瑠璃とクリスタル』の話を貴族たちに広める予定ではあった。
社交に慣れぬアデライーデに無理をさせる気はなく、ただテレサと皆の前で仲良くしている姿を見せてくれれば良いという考えであった。なので事前にアデライーデに『瑠璃とクリスタル』をバルクにつくると言う話はしなかった。
「で…何がどうしてガラスの街の話に?」
アデライーデがアイディアを出した『瑠璃とクリスタル』は帝国にあり、気軽に訪れる事もできぬからバルクにもつくり見せてやりたい。それを今日話して驚かせたいというアルヘルムとテレサであったが、話が一足飛びになっていた。




