223 ブランシュとお茶の時間
「おはよう、マリア」
「今日も良いお天気でございますよ。アデライーデ様」
転生してきた日から変わらない朝の会話を今日も繰り返すとマリアは淡い若草色のカーテンをタッセルでまとめる。
王宮に来て数日が経つ。正妃の部屋は輿入れした日から使っていた部屋ではなく、新たに用意され以前のものより広くアデライーデの好みをレナードが伝えたのか華やかな装飾である。テレサに配慮してか部屋は王の部屋から少し離れていた。
「今日の予定は?」
「本日は、テレサ様とお子様達とのお茶が午前中と、夜は歓迎の夜会がございます」
「忙しくなりそうね」
「離宮の暮らしに比べたらそうでございますね」
そう言ってマリアは、手早くアデライーデの身支度を整えた。朝食はアルヘルムからできるだけテレサ達と過ごすと聞いていたので、1人でとらせてもらうようにお願いをしていた。アルヘルムには離宮暮らしで早起きが苦手になったと言ったが、半分本当で半分はそうではない。
--3食一緒だと、いくら何でも気詰りよね。料理はお抱えの料理人が作るといっても、朝食くらいゆっくり食べたいはずだわ。
それはアデライーデも同じで、離宮でのアルヘルムとの朝食の時はマリアが張り切るので何時もよりかなり早く起こされる。正装とまではいかなくとも、それなりにきちんとした格好の朝食も大変なのだ。もっときっちりした服装で気を張っての朝食は勘弁してほしいのだ。
久しぶりの王宮での朝食は、料理長が張り切ったらしく海老づくしのメニューだった。海老のビスクスープは朝用にあっさりとして飲みやすく、茹でた海老を合わせたふわふわのスクランブルエッグは絶品だった。
朝食後に軽く身なりを整えテレサとの約束の東屋に行くと、すでにテレサは東屋で待っていて、アデライーデをにこやかに出迎えた。
「寒くありませんか」
「ええ、大丈夫ですわ」
秋の朝は少し冷えてくるが、今日は暖かい日差しで寒くはなかった。
この東屋は王宮に向かう貴族達が必ず通る通路からよく見えるようになっている。それは王室が何かを貴族に言葉ではなく目に見せることで知らしめるために造られた東屋だからだ。
職務で城に向かう貴族達がチラチラとこちらを見ているが、顔はわかるが声は届かない程よい距離である。
席に座るとテレサの子供たちが侍女に連れられてやってきた。フィリップはアデライーデを見つけると手を振り、カールは侍女の手を振り切って走ってきた。
「アデライーデ様、この前とっても楽しかったよ。あのね、女官達に話したらびっくりしてね。ばーんって燃えるのあれまた、あれやって!」
「カール、だめだろう?ご挨拶は?」
「あ! アデライーデ様おはようございます」
フィリップが兄らしくカールを嗜めると、カールは慌てて挨拶をした。かわいい兄弟のやりとりに思わずアデライーデの頬が緩んでゆく。薫と裕人も同じくらいの年の頃こんなやり取りをしていたと懐かしく思い出していた。
「はい、おはようございます。良い挨拶ですね、カール様。クレープは美味しかった?」
「うん!また食べたい」
「菓子職人が作れるようになったから、テレサ様にお願いしてね」
「わかった!お母様、菓子職人に作ってもらってもいい?」
「お菓子…ブランも食べる…」
乳母に抱かれたブランシュが、カールがあまりに大きな声でしゃべるので自分も食べたいと言い出し、じたばた始めたので乳母が困った顔をして目でテレサに助けを求めていた。
「にぃに、ブランも!」
「ブランシュ、食べれるかな?」
ブランシュにフィリップがそう言うと、食べさせてもらえないと思ったのか、食べる食べると騒ぎ始めた。
「あなた達…まずはちゃんとしたご挨拶からよ」
テレサはこめかみを押さえるようにしてそう呟いた。王子王女と言えどもこの年ならばお菓子に目がないのは仕方のない事だ。
テレサの言葉は子供達の耳にはちっとも聞こえていないようだったので、アデライーデの方から挨拶を申し出た。
「テレサ様、私からブランシュ様にご挨拶してもよろしいでしょうか」
「え?ええ…」
ソファにちょこんと座らされたブランシュは、ふわふわの明るい栗色の巻き毛が可愛らしい。ピンクの頬をしてつぶらな大きな瞳でまるでお人形のような可愛らしさである。
「こんにちは、ブランシュ様。はじめまして、私はアデライーデと言うのよ。よろしくね」
「アデライ…アデラ…」
「言いにくいわよね。アリシアって言える?」
「アリチア…」
「そうよ。上手に言えましたね」
褒められて嬉しかったのか、ブランシュはアデライーデに近づこうとソファの上に立ち上がろうとして、もんどりうってアデライーデに倒れ込んだ。
ひぃぃ…。
女官や侍女達の声にならない悲鳴が辺りに響いたが、当のアデライーデは慣れた手付きでブランシュを受け止めると「あらあら、抱っこしてがお上手なのねぇ」と言ってそのまま、たかいたかいをしてあげた。
ブランシュは最初こそ倒れ込んだのにびっくりしていたが、アデライーデが笑いながらたかいたかいをするのが気に入ったのか、きゃっきゃと声を上げて笑い始めるとカールが「僕も僕も」とアデライーデのドレスの裾をつかんでねだり始めた。
「順番ですよ」
数回たかいたかいをしてあげたブランシュを乳母に渡すと、カールを抱っこしたが、さすがにカールはアデライーデには重かった。ふわふわと柔らかいブランシュと違い、走り回っているであろうカールはずっしりと重い。
--男の子は、子供でも硬くて重いのよね…。
「くるくるしてあげますね」
幼かった裕人にしてやっていたように、抱っこしたまま数回くるくると回るとカールは、もっともっとと強請るがこれ以上はドレスでは無理だと、側にいた若い従僕にあとはよろしくと丸投げをした。
驚いた従僕だが、正妃の指名を断れるはずもなく何人も目を回しては交代してカールが飽きるまで相手をさせられていた。
アデライーデがテレサの隣に座ると、テレサは不思議に思っている事をアデライーデに尋ねてみた。
「随分と子供の扱いに慣れていらっしゃるのですね」
「それは、一応子育てしましたからそれなりに…」
「え?」
--しまった!つい口が滑っちゃったわ。どうしよう…。
「えっと…その…孤児院で子供達と接しているので…子育ての経験をした気分になりましたの」
「孤児院ですか?離宮に?」
「そうなんです。離宮に孤児院があるんですよ」
しどろもどろになりながらテレサに話していると、いい間合いでフィリップが助け舟を出してくれテレサはフィリップの話を興味深く聞きはじめ、アデライーデはホッと胸を撫でおろした。
侍従が1人残らずフラフラになり、フィリップの話も終わる頃アルトが午餐代わりの軽食ですと、ハンバーグや小海老コロッケの乗ったワンスプーンディッシュをたくさん出してくれた。
離宮で考えたメニューのほぼ全てスプーンに乗せて出された大皿を見て東屋は子供達の歓声に包まれて賑やかさを増していった。アデライーデ達がこの東屋で過ごしている間、通路は何度も行き来する貴族達でいつも以上に人通りが多くなっていた。
通路で子供達と遊ぶアデライーデや、東屋で楽しげにスプーンを口にしながら談笑するテレサ達を見て、テレサとアデライーデの仲が悪くなく、むしろ良好なのだと知った貴族たちは、ふたりの仲をなんと素晴らしい関係だと口々に褒めそやし始めた。




