222 キティとガーラン
「女達を集めてくれる?」
ヴェルフが帰った後、応接室に1人残ったキティは部屋の隅で気配を消していた使用人の男に声をかけた。
「客足が退けたら…か?」
「そうね、そうして」
そう言うと、ふぅとため息を漏らして深くソファに座り直した。男はすぐにクッションを持ってきて、マダムの背にあてるとマダムの横に座った。
男はキティの使用人ではなく、情夫である。女達を仕入れに王都へ行った折に見つけたこの男は、騎士崩れで元は歴とした貴族の家の者らしい。らしいと言うのは売りに出されていたこの男に過去を問うたら「過去は捨てた」と言って一言も話さなかったのでわからないのだ。
親兄弟の為の身売りが多い女と違い、男は博打で身を持ち崩したり喧嘩で相手を死なせ保証の為に身売りをする事が多い。借金を返して早く家族の元に帰りたい扱いやすい女達より扱いが難しい男は、鉱山などに売られていく。
用心棒にでもしようものならすぐに逃げ出すか、揉め事を起こす事がほとんどなので余程のことがない限り、商家や娼館に買われる事は無い。
キティも先代や先々代から、そう聞いていた。
やさぐれた視線で周りを見たり、少しでもいい条件のところに買ってもらう為に媚を売る男たちの中で、その男の目はどこもみてなかった。ただ目の前の光景を見据えているだけだった。
それが気に入り声をかけたら、横からアンタみたいな色っぽい主人に買われたいと売り込んでくる下卑た男達を見ることも無く男は黙っていた。男達は黙っているその男を舐めたのだろうキティに手を伸ばし、もう少しで触れようとした時に指は空をかき、輩達は床を舐めた。
「婦人に汚い手で触れるな」
その男は熱を帯びない目でそう言うと、キティを置いて人買い商の用心棒達のところに行こうとした。どんな理由であれここで揉め事を起こした双方は鞭打たれる。男は進んで罰を受けに行こうとしたのだ。
キティはここで男を買った事はなかったが、男を呼び止め売値に色を付けて買った。人買い商は珍しいなと笑い男の鞭打ちは有耶無耶になった。
帰りの馬車の中で、男に名前を聞くと名は家に置いてきたと言う。過去は捨て名は家に置いてきたらしい。
「名無しは困るわね」
「好きに呼べばいい。それに応える」
「ふぅん、じゃ…」
キティは少し考えガーランと男を呼んだ。守護者という意味のある名だ。男は少しだけ動揺したような色を目に浮かべた。
「気に入らない?」
「いや…俺には過ぎた名だ」
「気にしなくていいわよ。昔飼っていた犬の名だから」
キティは、その日から昔の様にガーランと昼も夜も一緒にいるようになった。
その夜、客が全て退いたあとにキティは女達を集めペルレ島に娼館を出す事を告げた。女達は最初は元のように客がとれると喜んだが、ペルレ島では月の半分も娼館で働けないと知り一部の女達は口々に不満を口にした。
働く日が減ればそれだけ家に帰れる日が遠のくのだ。どうせ汚れた身ならば、1日でも早く借金を返して家に帰りたい。喚く女達をキティは一喝し、どちらで働きたいか希望は聞くが自分の決定には従ってもらうと言い渡し、あとは男達に任せて自室にガーランと戻って行った。
キティは自室に戻ると、ペルレ島の娼館の内装をガーランにあれこれ言いながら香水を1滴落とした浴槽に身を沈めた。
内装はヴェルフから好きにしていいとお墨付きをもらっているのである。自分の権利を明け渡して手に入れたのだから文句は言わせない。王都で1番の娼館より豪華できらびやかな娼館にしてみせるとはしゃぐキティをガーランは優しく抱きながら洗ってやっていた。




