215 最初の晩餐と雀
「ごきげんだな」
テレサと二人で子ども達を部屋に送り、テレサとお茶をしてからいつもの様に執務室にやって来たアルヘルムを迎えたタクシスは不機嫌だった。
アデライーデを王宮に迎えるのは大事な事で、テレサとの仲も良好だと今宵の晩餐で使用人達に示すのも理解している。特にアデライーデが初めてバルクの豊穣祭に参加して王家の結束が強固なものだと知らしめる為の大事な晩餐だと言うのは十分過ぎるほど理解している。
理解してはいるが、豊穣祭前の忙しい時期にアデライーデの晩餐に出てくるからと楽しそうに自分に仕事を押し付けて晩餐に出かけて行ったアルヘルムの態度にムカついていたのだ。
確かに1人で仕事をしているからと、晩餐のメニューと同じ物が執務室に届けられた…。
どれもこれも旨かった!……が!
なぜにこんな場所で1人で、書類に囲まれ食わねばならんのだ!あやつは妻二人と子供たちに囲まれて家族で楽しい時を過ごしているのに。
俺も早く屋敷に帰り、家族と…メラニアと一緒に過ごしたいのだ。そう思いやっと書類を終わらせた頃を見計らったかのようにアルヘルムがご機嫌でやってきたのだ。
タクシスの機嫌が斜めどころか、倒れきっている程悪くなっていた。
「ん、どうした?」
タクシスの不機嫌に慣れきっているアルヘルムは、何事もないように尋ねた。
「楽しかったようだな」
「あぁ、楽しかったぞ。今日はカールも一緒に晩餐をしてな。まだまだ一緒の晩餐はあの子には無理だと思っていたが、アデライーデの気配りで粗相もなく食せて立派に最後の挨拶もできたんだ。『最初の晩餐』があの年であれ程上手くできたなんて…。うん、良い晩餐だった」
晩餐の席を思い出しながら、アルヘルムはにこにこと頷いていた。
貴族の子どもの『最初の晩餐』は、大抵緊張と大人と同じメニューを食べる為、零したりグラスを倒して粗相をしたりと上手くいかないことが多い。酷いとそれが原因で晩餐を嫌がったりする子も多いのだ。
フィリップは、粗相こそなかったが緊張感があり本人も晩餐後すぐに疲れて寝てしまったほどである。自分の時はシチューの肉を落としてソースをはねさせ服を汚した覚えがある。
--それが、あんなに楽しく皆で楽しめたとは…ブランシュの時も今日のメニューで『最初の晩餐』をするべきだな。
アルヘルムはご機嫌で一人考えていた。
「ほう…それは良かったな…」
握っていた羽ペンが歪むほど握りしめながら、ヒクヒクとした笑顔でタクシスは答えた。
--俺も良い晩餐だったぞ。書類に囲まれてな…。
「デザートは、どうだった?」
「デザート?あぁプリンアラモードか…。あれは初めて食べたが旨かったな」
「お前のところにはプリンアラモードだったか。今度晩餐のデザートをクレープシュゼットでメラニアととってみるといい。メラニアが喜ぶはずだ。菓子職人を貸すぞ」
「それは…ありがたいな」
タクシスは、心を落ち着けながらグラスを持ってきてテーブルに置くとワインを注ぎ始めた。
「使用人達は、どうだ」
「あぁ、すぐに囀り始めたようだ。ナッサウも箝口令は敷いてなかったからな」
アデライーデがカールも晩餐に誘った事や各皿にも細やかな気配りをし、テレサが感謝の返礼をして次は自分がアデライーデを誘うと話していたところを見ていた使用人の口から、明日には王宮中に今日の晩餐の事が広がるだろう。
特にクレープシュゼットの演出は、画期的だった。
調理の1場面が、食べる者の前で行われるなど無かったことだ。薄暗い室内で灯った炎の演出。同時に広がる甘いオレンジの香り。そしてリキュールの香り高い温かいクレープと冷たいアイスクリームのハーモニー。
アデライーデにしかできない演出だ。そしてそれをテレサの為に用意したのだ。
そのクレープシュゼットで、1度は自分達ももてなされたいと貴族達は思うはずである。
アルヘルムは、終始機嫌よく晩餐の事を詳しくタクシスに話してその晩は更けていった。
そして、翌日。
アルヘルムが思ったとおり、王宮での話題は昨晩の晩餐の話で持ちきりになった。調理人や菓子職人も、メイド達からどんな料理とデザートだったか聞かれ、話を聞いたメイド達は宮廷に来ている貴族たちの使用人に自慢げに話していたようだ。もちろんアデライーデとテレサが仲良く過ごしていたことも忘れずに。
使用人から晩餐の話を聞いた貴族達は、今まで二人の不仲を言っていたことも忘れたかのように、次に行われるアデライーデとテレサが主催する茶会がどうなるのかと、王宮のあちこちで囀っているのをナッサウは静かな笑顔で眺めていた。




