212 晩餐の前のひととき
「安心致しましたわ」
「何が?」
部屋に戻り晩餐の正装する為に、着替えているとマリアがポツリとアデライーデに呟いた。
「先程のお茶の時間の事ですわ。皆様で和気あいあいと過ごされているのを見て使用人達も思わず微笑んでおりましたの」
「そう?」
--まぁ…そりゃそうよね。険悪な仲になりやすいテレサ様に、一度は私に食ってかかったフィリップ様も一緒に笑っていたのだからね。
アデライーデがフィリップを許した事も王族付きの使用人達は噂では知っていたが、それ以後フィリップと親しくしていた事を知る者は少ない。
今日は沢山の使用人達の前での『王の家族団欒』だったのだ。目の前での団欒は、王宮の中で繰り広げられる上品さをコーティングした戦いの場である社交の茶会を見慣れた使用人達の目にも仲の良い家族の団欒に映ったようである。
アデライーデを快くは思っていないであろうテレサ付きの女官達の表情から強張りが消えていたのを、マリアは見ていた。
--1度のお茶でテレサ様付きの女官達の警戒心が全く無くなるとは思わないけど、テレサ様とのお時間を重ねていけば、おふたりの間に確執がない事は自然と広まっていくわ。
マリアは、アメリア達に今日の事とアデライーデがテレサ達に土産として持ってきたレシピの話を少しずつ広めてもらうように頼んでいた。
アデライーデはテレサや子供達に喜んでもらう為に、甘いお菓子をメインにいくつかレシピを用意している。アルトにはそのレシピを持たせ、数日前に王宮に出向いてもらっていた。
先程ミアに確認したら「ばっちりですわ!」と満面の笑みで返事をもらったのだ。
アデライーデの支度が整ったのを見計らったようにマイヤー夫人がアデライーデを晩餐の間に迎えに来た。
「アデライーデ様、お迎えに上がりました」
恭しく膝を折るマイヤー夫人にアデライーデは久しぶりに会った事を懐かしむ言葉をかけると、夫人は穏やかに笑って言葉を返しアデライーデの手をとった。
貴族もそうだが、王族の晩餐は正装してフルコースをいただくのが常だ。陽子さんにしてみれば食事なのだから気軽に美味しく食べれば良いんじゃないかと思うが、国賓を招いての晩餐の席で粗相をしないようにとの実地訓練の場でもあるらしい。
「今日の晩餐はアデライーデ様が主催とお伺い致しましたが…」
道すがらマイヤー夫人が小声で尋ねるとアデライーデは、にっこり笑って「ええ、そうですわ」と返した。
普通であれば、離宮からやって来たアデライーデをもてなす為にアルヘルムが主催するのであるが、もてなされる側のアデライーデが今日の主催とは前代未聞なのだ。
「ブランシュ様もお招きしたかったのですが、おねむの時間でしたのでランチの時にでもお誘いしたいと思ってますわ」
「さようでございますね」
そう言ったアデライーデにマイヤー夫人は、にこりと笑ってゆっくりと歩を進めた。
今回晩餐の席をアデライーデが主催してもいいかとレナードを通してアルヘルムに確認すると「好きにしていいよ」と返事をもらったので、メニューを考えるために人数を確認したらアルヘルムとテレサ、フィリップの3人だけだった。
なぜなのかとレナードに尋ねると、マナーを守れて食べられるようになるまで、晩餐の席に子供は同席しない暗黙の了解があると言う。
--確かに正装の子供服を汚されると目も当てられないわよね。
大人が汚してほしくない服を着ている時に限って、盛大に汚すのはどの世界も変わらないらしい。
概ね7才前後で家族の晩餐に参加できるようになり、ちゃんとした晩餐会には成人後参加できるようになるという。それまでの間は親戚や友人の屋敷の私的な晩餐会に参加して経験を積むとレナードは教えてくれた。
ブランシュはまだ3才で、晩餐の時間にはベッドに入っている時間だと聞き、確かにその年頃なら寝る時間はそんなものだったとかなり昔の記憶をひっくり返していた。
確かに薫たちもそのくらいの歳の頃は同じくらいの時間にお布団に入っていた。早く寝かせつければ、あとは自分の時間になると思ってよく一緒に朝まで寝ていたわ…とか、おやつの後のお昼寝タイムによく夕食の下ごしらえをしていたのを懐かしく思い出していた。
「こちらでございます」
マイヤー夫人の声でアデライーデは晩餐室に着いた事に気がついた。
いつも誤字脱字、用法違いを教えていただいてありがとうございます(*´艸`*)
皆様のお陰で、この小説が完成していきます!
しかし…自分の学のなさと国語力の無さに身悶えを毎回しております。
どうぞ作者を見捨てず、ご指導をお願いいたします!
感謝を込めて。




