21 回廊とエスコート
アデライーデの部屋から輿入れの挨拶をする小謁見の間までそれほどは遠くない。元々アデライーデが使っている部屋は、国外から来た要人の為のゲストルームだからだ。
高齢なゲストも多いので謁見や挨拶、急な交渉を行いやすいように小謁見の間や会議室の近くに建てられている。
セキュリティの為、他のゲストルームと違い独立性がある。部屋の前を王宮の者ですら許可のない者は通ることはない。無論、部屋を囲むかなり広い庭も同じだ。当たり前だが、偶然…道に迷って…では入れない造りになっている。
アデライーデが王宮に移ってからも王宮の人々の目に触れなかった理由の1つは、このゲストルームに住んでいるからである。
そして、マリアも寮から出てこのゲストルームの従者の部屋に住んでいるので滅多なことでは同僚たちには捕まらない。
陽子さんは、咲き誇る庭の花々を横切るような回廊を歩きつつ、なんて素敵なんだろうと見ている。今自分はごっこ遊びではなく本当にお姫様で隣には騎士がいてドレスを着て王様に会いに行く…。
夢のような設定だ。
子供の頃夢中で読んだ、フランスが舞台の某大人気有名少女漫画の世界に入ったかのようだ。グランドールはちょっと年上だが、髪をもう少し伸ばせばアンドレと言ってもおかしくないかもしれない…
そう思って、チラッとグランドールを見ると視線に気がついたグランドールと目が合いそうになる。
こんな至近距離で雅人さん以外の異性と目が合うなんて、健康診断のとき以来だ。
慌てて目をそらして前を向くと、回廊の端にいた二人の儀仗兵が王宮の中に通じるドアを開ける。
王宮の廊下に入ると、石造りの王宮らしく外より少しひんやりした空気が流れている。
高い天井に、赤い絨毯が敷き詰められている廊下をグランドールにエスコートされゆっくりと進む。
アデライーデたちの後ろには、マリアを真ん中に儀仗兵が2人アデライーデ達を護衛している。
(まるで、バージンロードだわ…)
そう考えると、グランドールはお父さん役かしら…
花婿って年ではないわね…
でも、貴族の結婚って年の差関係ないって読んだけど…
グランドールに私くらいの年の娘がいてもおかしくないわよね。小さい頃からの側近なら陛下ともあまり年が変わらないはずだし。
そう思って、またチラッとグランドールを見ると今度はばっちり目があった。
首をあまり傾けず見おろすような黒い目が少し心配しているような色になった。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ…バージンロードを歩いているようだと思いまして…」
「!………」
グランドールの歩調が少しだけ乱れたような気がする…
もしかして…グランドールは花婿ポジションと思ったのかしら。それは微妙なことを言ったかもしれないと慌ててフォローした。
「あ…グランドール様もお嬢様の結婚の時の練習になるかもしれませんね」
陽子さんは貴方はお父さんポジションよと仄めかす。
「………。おりませんので…」
「?」
「娘はおりませんので…」
「え? あ!あぁ…息子さんがいらっしゃるのね」
「いえ……」
陽子さんも歩調が少し乱れる…
(しまった…お子さんいらっしゃらないのかも…)
「私は現在、独り身ですので…」
「バツイチ!?」
しまったぁ、声に出ちゃたわ…
「バッツ?」
「いえ、コホン…なんでもありません……お気になさらず…」
陽子さんはそっと、目をそらしぎこちない笑顔で前を見る…
妙な汗が、背中をたらりと流れる。
妙な汗をかいているのはグランドールも同じだった。
確かにドレスも装身具も用意しろと指示を出した。
しかし、女性の喜ぶ事など何一つわからないと自覚だけはある。
アデライーデの部屋の支度を侍従に出した後に、最終確認を頼んだマルガレーテに「どのように指示を出されましたか?」と冷たい笑顔で言われ侍従と共に戦慄を覚えたのは記憶に新しい。
なので、アデライーデのドレスや装身具に関してはマルガレーテに丸投げした。
ただのエスコートに過ぎないのに、自分を養い親のように言われグランドールは戸惑っていた。何か知らない言葉を言われたがあれは最近の若い者たちの言葉だろうか…影の者たちに調べさせねば……
(いや。それは後で…ここは、無難にまとめよう)
バッツ…
バツイチの言葉の意味にグランドールが辿り着くことは永遠に無いのだが…
「宰相としてこの身は陛下と帝国に尽くしておりますので、いずれ弟の子ども達の誰かを養子にして公爵家跡を継がせる予定でございました。
本日はアデライーデ様に花嫁の父のようだとお言葉をいただき身に余る光栄でございます」
グランドールは、アデライーデに感謝の意を述べた。
(上手くまとめたわね。流石だわ)
陽子さんは、これ幸いとグランドールの話に乗った。
「私も、心強いですわ…」
何か心強いか陽子さんにはわからないが、場をまとめるのは大事だ。
見かけは穏やかに、二人はそれぞれ別のことを思いつつ内心では冷や汗をかきながら体裁を取り繕う…
そうこうするうちに、二人は小謁見室の扉の前に着いた。




