205 ジンジャーティと花言葉
「そんな事、ないと思いますわ」
「……」
エミリアの慰めに、ありがとうと言葉を返そうとしても乾いた喉から声が出ずに、アメリーはぎこちなく笑うしかできなかった。
「花束はコルチカムとワイヤープランツだったのですよね?」
「…ええ」
あれは、花束とも言えないような小さなものだった。普通女性に贈るのであれば、もう少し大きく花も華やかなものを選ぶ。日々のテーブルを飾るものにもならない大きさに、コーエンの気持ちの無さだとアメリーは思っていた。
「コルチカムの花言葉は『私の最良の日々は過ぎ去った』です。コーエン様もアメリー様に好意を寄せられていたのだと思いますわ。それにワイヤープランツの花言葉は『憧れ』や『私を思ってください』『あなたを思っています』ですわ。コーエン様は、花にお気持ちを込めて贈られたのだと思います」
「そうね…。それにコルチカムを花束にして贈るってあまりないものね。あの花は庭に植えて楽しむものだもの。花束にしにくいし、わざわざ選ぶ花じゃないわ」
エマも小さく頷きながらエミリアに同意した。
「確かに誤解はあったのかもしれないけど、それなら手紙だけでいいのに、わざわざ花束にしない花を選んで贈ってきたのには、そこに意味があるからじゃないかしら」
ミアは、そう言ってアメリーにハンカチを差し出した。
「たまたま庭にあった花を適当に選ばれただけだわ。きっと…」
恋愛小説では、ヒロインとすれ違った相手が花束に思いを込めて贈ることはよくあるシーンだったが自分がそうされることは考えにくい。まして美しくも若くもない自分に、そんな事をしてもらえるとは到底思えなかった。
「あんなに花を育てていらっしゃるコーエン様が、適当に選ぶとは思えないわ。一度ちゃんとお話をされた方がよろしいと思いますわ」
コーエンの庭には、四季折々の花が植えられている。
それは依頼主が贈る小箱に意味を込めるためによく花や植物を意匠として指定してくる。そのため指物師は庭に花を植え日頃から花木を見て目を肥やすのだ
指物師であるコーエンが花言葉を考慮せずに贈るはずがないと、マリアはアメリーの肩に手を置きながら励ますがアメリーは中々首を縦にふらなかった。
「このままでは誤解したままですわ。せめて誤解は解いて、このあともお話くらいできるようになさらないと…。またアデライーデ様のお仕事の依頼があって、コーエン様とお話される事もあるかもしれないじゃないですか」
「お仕事で…」
「そうですわ。これからもバルクにいらっしゃるでしょう?アメリー様、もうアデライーデ様のお召しがあってもこちらに来られないの?」
「……」
「私達もアメリー様にまたお会いしたいわ。もうお会いできないなんてないですわよね?」
このまま帝国に帰れば、アメリーは理由をつけてバルクには来ない予感がしているマリア達はすがるような目で、アメリーを見つめた。
マリア達からしてみれば、二人はお互いに好意を寄せていてゆっくりと距離を縮めている段階だと思っていたのだ。いずれ2人は恋を実らせるはずだと…。
アメリーから時々聞いていた朝食での2人の様子をじれったくも羨ましく聞いて、自分に気になる人ができたらぜひ同じように少しずつ距離を縮めたいと妄想していた。
アメリーは仕事ではどんな高位貴族の方達にも堂々と理想の恋愛論を話すのに、自身の恋愛には奥手で何も話さない。
コーエンも控えめで前に出る性格ではなかった。たまに夜に村の酒場で会っても男女問わずに紳士的に接して、穏やかに笑って食事をしているコーエンは離宮のメイド達や村の娘達に密かに人気があるのだ。
そのコーエンが控えめながらも自分から声をかけるのはアメリーだけ。
--お互いに思い合っているのに、気が付かれないなんて!
--この前アメリー様がおすすめされていた小説を思い出して!ヒロインと同じでしたわ。お互いに思い合っているのにちょっとしたすれ違いで別れてしまったじゃないですか。
恋愛小説と現実の恋愛を一緒に語るのはおかしな事とわかっているが、本人達以外から見ればもどかしくてしかたなかった。
それにコーエンは、花束に自分の思いを託してアメリーに伝えているのだ。あれは絶対間違いない!話し合う事さえできれば、きっと2人は一歩踏み出せる気がする。
たとえ踏み出せず恋の進展は無かったとしても仕事仲間としてでも、2人が会えなくなるのは残念すぎるとマリア達はアメリーの返事を固唾をのんで待っていた。
アメリーもそれは同じ気持ちだった。
誤解されたまま、このまま会えなくなるのは心が苦しい。せめて誘われて嬉しかったとだけでも伝えたい。社交辞令を真に受けて舞い上がったのだと笑い話にしてしまえば、これからもコーエンに会えるかもしれないと思い始めていた。
ものすごく恥ずかしいが、それでこれからもコーエンに会えるなら…。
「お話…してみようかしら…」
アメリーの中で恥ずかしさより、コーエンに誤解され会えなくなる方が嫌だと小さな声が聞こえた。
 




