204 コルチカムとワイヤープランツ
「アメリー様…どうされましたの?」
アデライーデにそろばんの教科書とカタログを渡すために、離宮にやってきたアメリーを迎えたマリア達は、目の下に濃いクマをつくったひどい顔のアメリーを見るやいなや、アメリーを取り囲んだ。
「アメリー様、とりあえず私の部屋に…。エミリア、蒸しタオルを持ってきてくれる?」
「はい!すぐに持って参りますわ」
「あの…私そんなに酷い顔をしているかしら」
「少なくとも今そのお顔でアデライーデ様の前に出られたら、アデライーデ様がご心配されるくらいですわよ」
エマに鞄を奪われマリアに手を引かれて、アメリーはマリアの私室に連れ込まれ小さなソファに座らされた。
マリアの私室は、アデライーデの居間につながる部屋でメイドのミア達より広く、小さなソファセットが窓際に置かれている部屋だ。
マリアとミア達は、よくこの部屋でアメリーから送られてきた帝国で流行りの恋愛小説の読書会をしていた。アメリーも何度か呼ばれた事のある部屋である。
マリアがアメリーをソファに座らせると、すぐにエミリアが熱々の蒸しタオルをトレイに載せて部屋に入ってきた。
タオルを丁度よい熱さに冷まして、クッションをアメリーの背に当ててマリアはアメリーの目の上にそっと置いた。
「しばらく目元を温めましょう。少しはマシになるから」
「ありがとう。気持ちいいわ」
何度か蒸しタオルを取り替えると、少しマシになったクマに目立たぬように薄くお化粧をしてマリアはアメリーの向かいのソファに座る。
エマは勝手知ったるマリアの部屋のカップボードから、ティーカップを出し、ミアは厨房から血行を良くするジンジャーティを大きなティーポットに入れて持ってきてお茶の準備を始めた。
「アメリー様、これで目立たないわ」
「ありがとう。ごめんなさい、みんなに手間をかけさせちゃって…。それよりアデライーデ様のお側には誰がいるの?」
「今、アデライーデ様は料理長とレシピを研究されているから、私達はアメリー様が来るまでお暇をもらっていたのよ」
「そう…」
「それよりどうされましたの?絵で夜ふかしされたってお顔じゃなかったわ。何かありましたの?」
「私…。コーエン様に酷い態度をとってしまって…。そのせいで誤解をさせてしまったの…。もう…コーエン様とお話する事もできなくなってしまったわ…」
アメリーはうっすらと涙を浮かべ、ぽつぽつとあの日の話をし始めた。
社交辞令とはいえ、せっかく王都を案内すると誘ってくれたのにそれに一言の返事もせず逃げるようにコーエンの工房から去った事や、翌日の朝食でいつものように話しかけてきてくれたコーエンに、緊張のあまり素っ気ない態度をとってしまったことを包み隠さず皆に話した。
自分の態度に落ち込み、これ以上嫌われたくないのとどう話しかけて良いかわからず数日部屋で食事をとり仕事に没頭していたら、宿の女将さんからコーエンからだと手のひらに乗るくらいの小さな花束と手紙を渡されたのだ。
小さな花束は庭に咲いていたのかコルチカムが数本、ワイヤープランツにくるまれていた。
恐る恐る手紙を見ると、丁寧な字で自分のような者が身の程知らずな誘いをして申し訳なかった。どうぞ許して欲しい。そして帝国への道中の無事と仕事の成功を祈りますと、短く書かれていた。
自分のつまらないコンプレックスに囚われ素っ気ない態度でコーエンを傷つけ誤解させてしまったと、意を決して翌日の朝食にいつもの席でコーエンを待っていたが、とうとうコーエンは姿を現さなかった。
食器を下げに来た女将さんにさり気なく聞けば、工房で職人を雇って忙しくなったからしばらく食事を届けてほしいとコーエンから言われたと聞かされた。
「しばらくってどのくらいなんですかね。まぁ…コーエンさんとこにお届けなら、みんな張り切って行くからいいんですけど。夕飯くらい息抜きに食べに来ればいいのにねぇ」
そう言って笑う女将さんに曖昧に「そうですね」と返事をするのがやっとだった。
「もう…顔も合わせたくないのだと…思われているのですわ」
はらはらと涙をこぼしながら、アメリーはテーブルの上のジンジャーティを見つめていた。
 




