203 宝冠とドレス
「やはり、マダムのドレスは素敵ね」
昨日、帝国での話が長引きドレスの試着ができなかったので日を改め、今日午後から試着の時間をとってもらいアデライーデは居間でアルヘルムから贈られたドレスに身を包んでいた。
マダムはアデライーデのサイズを知っているので、補正するところはほとんどなく裾の動きを確認する程度で、試着は以前のウェディングドレスの時の半分の時間で終わってしまった。
アルヘルムから贈られた豊穣祭用のドレスは実りを表すオレンジ色のドレス。それと新年祭用のドレスは、淡い蒼。
あの新婚のときに行ったネモフィラの花の色のドレスであった。バルクで今流行の大きなリボンを後ろにあしらい、小花を散らしたデザインはアデライーデにとても良く似合っていた。
「アルヘルム様から、ドレスはぜひこの生地でとご指定がございましたわ。思い出のお色ですか?」
「えぇ、ハネムーンの時に連れて行っていただいた花畑に咲いていたネモフィラの花の色ですわ」
アルヘルムは自分と行った思い出の花の色を選んでくれたかと思うと、頬が緩んでいくのが自分でもわかる。節目に思い出の色を贈られるというのはこんなにも嬉しいものなのかと、鏡を見ながらあの花畑の事を思い出していた。
マダムは鏡に映るアデライーデに微笑むと、ドレスの背中のリボンの位置を確かめながらオーダーをされた時の事を話してくれた。
マダムが帝国とバルクを忙しく往復して手紙がすれ違い、業を煮やしたアルヘルムが、このドレスの生地を帝国とバルクの店と両方に送ってきたと言う。どちらに届いてもすぐに仕立てさせる為だ。
「アデライーデには、妻として最高の装いをさせたいとお手紙にありましたわ。愛されておいでなのですね」
王であれば正妃として最高の装いをさせるのは当然であるが、正妃としてではなく妻としてと書かれていた事にマダムはアルヘルムのアデライーデへの深い愛情を感じていた。
「そう?…そうね…そうであれば…嬉しいわ」
「アデライーデ様、何をおっしゃるのですか。眩しいほどのご寵愛をいただいてらっしゃるのに。このような上等な生地は王族とは言えども中々手に入れられませんのよ」
「そうですわ。最高級の手触りですわ。それを2着分ずつご用意されるなんて、アルヘルム様のアデライーデ様へのお気遣いですわよ」
照れて言葉を濁すアデライーデにマダムは、追い打ちをかけマリアもそれに続く。
「それに帝国からお取り寄せになったお化粧品や、ご用意された宝飾品の見事な事。これらはアデライーデ様の為に作らせたとレナード様にお伺いしましたわ」
すでにテレサが王妃として譲り受けている宝飾品とは別に、王家が所有している宝飾品を元にアデライーデの為に作り直された大粒のサファイアのイヤリングとネックレスを見ながらマリアが、うっとりとため息をついて見つめていた。
「バルク王しかお使いになれない宝冠を飾っていたサファイアをアデライーデ様の為に作り直させたとお伺いしましたわ。そんなお話聞いたこともありません」
宝石は1度王のものとなれば、それを王妃や他の皇族が使うことはない。王妃の宝石を王女や王子の妃に譲る事はあっても王の宝石は次代の王にしか引き継がれない。
それは王家の血統を象徴することだからである。
その慣例はどの国でも同じだった。その事を知っているマリアは、その慣例を破って宝冠から作り直させたサファイアのイヤリングとネックレスをアデライーデに贈った事にとても感動していたがバルクの貴族達の反感は買わなかったのだろうかと、少し心配もしていた。
確かにアルヘルムが宝冠をイヤリングとネックレスに作り直させる事を命じた時に、一部の貴族から反対の声はあがった。
帝国の皇女とはいえ王でない者がバルクの王権の象徴を身に纏う事は如何なものか。それほど帝国におもねる事は、小国とはいえバルクの沽券に関わるのでは?と言う貴族達に、アルヘルムはきっぱりとこう応えた。
「アデライーデは我が正妃である。これからも彼女はこのバルクの正妃で、彼女はすでにバルク王族なのだと帝国に知らしめるためにも王としてこれを覆す事はない」
アルヘルムの耳にも当然帝国の噂は耳に入ってきていた。皇帝がそのような事をするとは思えないが、噂を聞くことすら腹立たしかった。
最初は噂を信じて厄介者を押し付けられたのかと思った自分を今となっては恥じ入るばかりだが、アデライーデと共に時間を過ごすうちに国のためだけではなく、アデライーデ自身に惹かれている事に今回の噂を聞いて気がついた。
アデライーデを帝国に戻す気など毛頭ない!
ならば、誰が見てもそれとわかる事を見せつければいいのだ。
ドレスだけでは心許ないと、タクシスに宝冠を作り直す事を話したら「いいのではないか」とものすごく呆れられた顔をして答えられた。
「宰相としても友人としても、この噂は看過できないからな」
「すぐに手配してくれ。豊穣祭に間に合うようにな」
「御意」
そう言って立ち上がったタクシスは、王ではなくただの男の顔をしたアルヘルムをちらと見て執務室を出ていった。
 




