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02 ハーブティーとアデライーデ

翌日

花を眺めたいという名目でマリアと二人庭を散歩することに成功した。

素晴らしくお手入れの行き届いた庭園で誰もいないことをさり気なく確認しマリアに声をかけた。


「ねぇ、マリア。私が倒れたときの事なんだけどちょっと状況を整理したいから、マリアから見たその時の状況を説明してもらってもいいかしら」


「はい、あの日アデライーデ様は刺繍をなさっていました」


(ええ…私 絶対ムリ 掃除の次に苦手なのはお裁縫なのよね。通信簿でも3より上はとったことないのよね。ボタン付けなんて学校でしかしたことないし)


「陛下の命を受け宰相のグランドール様がお越しになると先触れが来て、応接の間でアデライーデ様にご成婚が整ったとお伝えになりました」


(定番ね… 王侯貴族では政略結婚ベースだもんねぇ 倒れるって事はそんなに酷い相手なのかしら)


「アデライーデ様は、承知いたしましたとおっしゃられてグランドール様の労を労われグランドール様が退出されて後にお倒れに…」


(ん? 相手は誰??名前が出てこなかったけど…)


「そう… ところで私。お相手の方のお名前が何だったか記憶になくて…」


「……まだ決まっておりません」


「へっ?」(ヤダ!思わず声が出ちゃったわ!)


振り返った私と目線を合わせないように、マリアは少しうつむきつつ話した。

「今回の戦は前年の隣国との戦のあと、隣国と縁戚関係にあったリステリア領の領主の反乱の鎮圧でした。その時武功のあった方々の何方かとのご成婚となります…。おそらくですが…アルヘルム様…バルク国王様かと」


「アルヘルム様…バルク国王…」


昨日の貴族録の中にあったっけ?


マリアが言うには、帝国の東の果ての小国で今年帝国と盟約を結び初の参戦だったそう。小国とはいえ目覚ましい戦いで陛下のお目に止まり、皇女を賜る流れとなったそうだ…


表向きは。


口の重いマリアからゆっくりと聞き出した実際のところは、取り上げた…もとい、平定したリステリア領は鉄を産出するわりと豊かな領で、参加した貴族の中に公爵がいるとの事でこのリステリア領は丸々この公爵が拝領するらしい。


帝国内の力関係だ。


もう一人の武功者は先の戦でも活躍し元隣国に常駐している候爵とのことでこの武功を含めて元隣国を賜るそうな…


バルク国王には、何も渡すものがないから第7皇女の御下賜となったようだ。

辺境の小国が帝国の土地をもらっても管理に困るであろうと親切に見せかけた新参者への報償の出し惜しみだ。


帝国の血が入るというのは聞こえはいいが、男女含めて12人も居ればはっきり言って国内の高位貴族は殆どが血縁であろう。縁を結ぶことでの国内のパワーバランスにも配慮しなければならない。

影響力の少ない辺境の小国への輿入れはそういう配慮も考えなくていい。


(この世界の王族の里帰り事情とかわからないけど、辺境のって言われるくらいだからそうそうできないわよね。嫁に出したら今生の別れになるのよねぇ。


会社関係でもあるよね…

聞こえはいいけど体のいい厄介払の出向とかね。二度と帰って来れないやつね


それより!12人ってびっくりよ!

どれだけ兄弟がいるんだろう…頑張ったのねー

まぁ…ここって前世?の中世って感じだから病気や戦で死亡率高そうだしね)


ちなみにアデライーデは末っ子ではないらしい。


マリアの話にびっくりするたびに動き出しそうな表情筋と、声を殺しつつ、いかにもそうだったわね…という表情をしながら聞いていた。


「いかに皇女の務めとはいえ、帝都でお育ちになったまだ成人前のアデライーデ様に辺境の地に降嫁しろとは…」


(え? えええ! アデライーデっていくつなの! そういえばクローゼットで鏡を見てから自分の顔見てないわ 成人前だから10代後半よね)


昨日は1日ベッドの中で貴族録とにらめっこし、ベッドで食事や清拭をしてもらっていたのだ。今日はベッドサイドに手水を持ってきてもらったので鏡で見た顔を見たのは、混乱していたクローゼットルーム?の薄明かりの中だけだった。


「…私の成人まであと…」

「約2年…でございます」


(18??私今18なの?)


「今春14になられたばかりのお方に…」


思わず足が止まった。

(じゅうよん?!14って14才ってことよね?中学1年か2年よね。結婚よね?

ちょっと待って!都条例だったら、捕まるわよ?


いや…ここは都内じゃないし、もとの世界の常識は非常識なのかもしれないけど…けど!

14になったばかりの女の子なら倒れんばかりの知らせだったろう…


実際倒れてるしね。


私今14才になってるの?

いや、それよりアデライーデのお母さんはなにしてるの??止めなさいよ!

せめて成人まで待たせなさいよ!


……そう言えば、混乱してて今気がついたけど、

アデライーデが倒れてから誰一人お見舞いに来ていない。アデライーデの側にいたのはマリアだけだったわ)


「お母…様…」

「アデライーデ様… お花をご用意いたしますわ」


花を用意する間、庭園の一角にあるこのベンチで待つようにマリアに促されようやく一人になった。


(絶対この流れなら、アデライーデのお母さんは亡くなっているわ。

しかもアデライーデの待遇を見る限りご実家も影響力が少ないお家なんでしょうね。そうよね…成人まで親がいるかいないかでは現代でも影響があるものね。まだ14になったばかりなのにね)


そんな事を考えていると、小さな花束を持ってマリアが戻ってきた。

そして思ったとおり、王家の傍系の霊園の片隅にあった新しい小さな墓がアデライーデの母、ベアトリーチェ・マリアベル・コルファンのものだった。



部屋に帰り、すぐに貴族録をひっくり返し、アルヘルム様を探した。

…バルク国


同盟国のカテゴリーにバルク国はあったが、今年盟約を結んだ新参だからか貴族録には地図と国王の絵姿と名前しかなかった。


なかなかに凛々しいイケメンに見えるが、絵師の忖度により3割増くらいになってるはずと、陽子さんは踏んでいる。

一般的には、あながち間違った予測ではない。世の中そんなものだ。


(正確なのは濃茶の髪とグリーンの瞳の色ぐらいなもんよね。


年齢欄は空欄… 裏付けが取れないなら間違いを載せるより未記入の方がいいからよね。 でも絵姿から20代後半? いや自信がないな。人の年齢って気にしたこと無いし異世界人のなんてもっとわからないわ…

アデライーデの顔をじっくり見ても、年齢不詳だものね…)


陽子さんは興味のないものには全く無頓着な人である。


そう思って、マリアに持ってきてもらった手鏡をじっと眺める。

緩やかなウェーブのかかった腰まである濃い金髪。

アクアマリンのような蒼い大きな瞳

その周りには、ブラウンが強い長いまつげ。

そばかす1つないきれいな肌には、薄い紅色の可愛らしい唇がある。


(美人だわ。私にはもったいないくらいの美人。これでまだ14だなんて末恐ろしいわね)


何目線かなのか、何が末恐ろしいかよくわからないが、陽子さんは手鏡を見つつそう思った。


アデライーデは、マリアによると髪と瞳の色は強く父親の血をひき、顔立ちは母親にそっくりらしい。

マリア自身も3ヶ月前にアデライーデ付きになり、引き継ぎとしての知識でしかなかった。ベアトリーチェは去年の冬に酷い肺炎となりあっという間に亡くなったので、実際にマリアはベアトリーチェにはあったことがない。


(13の娘を置いて逝くなんて、死んでも死にきれない話よね…)


手鏡の中のアデライーデを見つめながら陽子さんはそう思った。


手鏡をそっと置くと部屋の中を見回した。


(ゴージャス質素っていうのかしら…まるでチェックインしたてのホテルのようね。無駄なものが全くないわね)


必要なものは全てある。しかも全て一級品と思われる。

しかし、そこに住む人の趣味や個性は全くない。


クッション1つとってもインテリアには合っているが、これが14の女の子の私室とは到底思えない。

女の子なら好きな人形やぬいぐるみや1つや2つあってもいいはずだが、そういうものは一切なかった。


使った形跡があるのは、真新しい裁縫道具のみ。


アデライーデは、それまで離宮とも呼べないような王宮内の小さな屋敷でベアトリーチェと数人の使用人と暮らしていたが、ベアトリーチェが亡くなり、王宮に引き取られたらしい。


貴族録で確認したが、既にベアトリーチェの実家の伯爵家も名誉の戦死と流行病などにより相次いで亡くなり家はもう無い。領地は別の貴族の手に渡っているらしい。


(天涯孤独なのね。高貴な身分でも14の女の子には過酷な話よね)


先ほど、新たにマリアに持ってきてもらった王族録の庶子のカテゴリーにアデライーデの項目を見つけたが簡素すぎるほどの記載しかない。

王宮主催の晩餐会で陛下に見初められた伯爵令嬢から出生。翌年生まれとだけだった。


「アデライーデ様 お茶にされませんか?」


マリアがお茶のセットを乗せたワゴンを押してきた。


「ありがとう。いただくわ」

貴族録をそっと閉じ、マリアが差し出したティーカップを見た。


(なにかしらこの香りは?紅茶ではないわね)


そっと口にすると、どうもハーブティーのようだ。

陽子さんにとってお茶といえば、コーヒー・紅茶・日本茶でハーブティーにあまり馴染みはない。マリアが用意してくれたこのハーブティーはきっと、アデライーデの好きなハーブティなんだろう。


ゆっくりとハーブティーを飲むとおかわりをすすめるマリアに丁寧に断りを入れ、部屋に面した庭に出た。

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