198 帝国での噂
「帝国でアデライーデ様の称賛の声が大きくなっていますのよ」
マダムが言うには、輿入れしてすぐに炭酸水を献上しバルクの名を上げさせたこと、そして帝国にも新たに炭酸水の産業が興ったことで周辺諸国との戦で職を失っていた大勢の帝国の庶民に職をもたらしたと言われていた。
そして今回のサンキャッチャーの献上とカフェの開店で多くの貴族達の耳目を集め、小国と言われていたバルクが実は魅力ある特産品とガラスに対する高い技術力を持っていることを知らしめたと言われていると話してくれた。
「特にサンキャッチャーは、今の帝国の高位貴族の間では持ち切りの話題なのですよ…。でも、『これ』が知られればもっと大騒ぎになると思いますわ」
マダムはシャンデリアを指差してくすりと笑った。
居間に取り付けられているシャンデリアは、3人に静かに光の珠をおろしていた。
「でも…、クリスタルガラスのサンキャッチャーはもとより、伯爵以下の子爵や領地持ちの男爵方に、アデライーデ様の人気が高いのですわ」
「……」
「え…なぜですの?」
「フライドポテトのせいですわ」
カフェで出しているフライドポテトは、その手軽さと美味しさで、あっという間に評判になった。
元々、地面の中で取れるじゃがいもは庶民の食べ物だ。帝国の貴族は今までほとんどじゃがいもを口にした事はない。皇女であるアデライーデのレシピと言う事で、初めて口にして美味しさを知ったのだ。
荒れた土地でも栽培ができ、小麦よりかなり短い期間で収穫できるじゃがいもを栽培していたのは豊かな穀倉地帯を持たない下位の貴族の領地がほとんどなのである。
カフェでフライドポテトを口にした子爵や男爵夫人達は、すぐに夫に進言した。領地で取れるじゃがいもを今より高値で売り出せる機会があると。
領主達は夫人たちの助言でアリシア商会の門戸を叩き、試食をして商会でレシピ付きのフライヤーを買い付けた。
庶民しか口にしなかったじゃがいもが、今までより大量に…より高値で売れるようになるはずだと下位の貴族達は、バルクを見習い帝都や領地のあちこちでフライドポテトやコロッケを商う店を出させ始めているという。
「その貴族の方々に、アデライーデ様はとても評判なのですよ」
バルクとアデライーデが帝国で高く評価されていると聞いてメイドのミアも誇らしげにマダムの話を聞き入っていた。
そこまで話すとマダムは、「ふぅ…」とため息をついて紅茶のティーカップを少し押しやったのを見て、マリアは何か思ったのかミアに熱い紅茶を持って来るように頼んだ。
「……炭酸水で帝国に産業を興し、今またじゃがいもの普及のきっかけをお作りになったアデライーデ様をバルクに嫁がせたのは早まった事ではないかと言う貴族も出てきているのですよ。バルクのクリスタルガラスも素晴らしいものですが、アデライーデ様の夫君としての献上で陛下のお目に止まりましたからね。帝国の有力な貴族に嫁がれていれば帝国はもっと栄えるのではと囁かれています」
ミアが部屋を出ていったのを見て、マダムが声をひそめて囁いた。この話はバルク人である離宮の使用人達には聞かせられない話だ。
実はアデライーデにも聞かせられない話もマダムは耳にしている。白い結婚であれば正式な結婚でない。何かしらの理由をつけアデライーデ様をバルクから帝国に戻させれば良いのではないか。炭酸水やクリスタルガラスで十分にバルクにとっては利益が出たのだからと言うとんでもない話だ。
その影には忘れられた皇女が、実は両陛下の実子ではないかという、まことしやかな噂がある。
噂に過ぎない話だが両陛下のアデライーデに対する寵愛ぶりは他の皇子や皇女とはあきらかに違う。
執務室や私室にも必ずサンキャッチャーを飾らせる皇帝。バルクの炭酸水を好み帝国でも炭酸水を普及させ、お忍びで『瑠璃とクリスタル』に行った皇后。
2人の振る舞いは、その噂を信じさせるには十分だった。
アデライーデとアルヘルムの結婚は戦での褒美としての政略結婚で白い結婚だ。白い結婚であれば理由をつけ取りやめになってもお互いに瑕疵は付かない。
帝国に取り戻したアデライーデを、次に正式に自家に降嫁してもらいたいと思っている貴族がいる事は確かなのだ。
マダムは、バルクへの輿入れのドレスの注文で陛下達がどれだけアデライーデを大切に思い嫁がせたか、またアルヘルムに直接会い政略結婚だからアデライーデを丁重に扱っているわけでなく、心から大切にしていると感じている。それは貴族にドレスを作り続けてきたマダムだからこそわかる事である。
アルヘルムのアデライーデへの豊穣祭のドレスの注文も、実に細やかな心配りの注文だった。
この話はアデライーデに話すことではないと、マダムは心の中に留めていた。