197 マダムと歓談
豊穣祭のドレスを携えて、マダム・シュタイナーが離宮にやってきた。久しぶりに会うマダムは相変わらずパワフルでニコニコとアデライーデに挨拶をした。
「お久しぶりでございます」
「マダムもお元気そうね。最近はいかが?」
「それはもう…お陰様で…」
ドレスの試着は後にして居間にマダムを通してもらい、お茶をメイドのミアに頼んでマリアと3人で久しぶりの再会に話を弾ませた。
あれから貴族の子供服の事業も順調だが、ここ数ヶ月裕福な庶民向けのプレタポルテと帝国から下取りしたドレスのリメイクドレスがバルクの裕福な庶民に飛ぶように売れていると、マダムはホクホク顔で話してくれた。
貴族のドレスはとても高価なのだが、夫や親から贈られたりした思い入れがあるドレス以外は同じ主催者の夜会や茶会には来ていかないのが普通だ。高価なドレスを夜会や茶会ごとに仕立てられるのは貴族のステイタスの1つなのである。
夜会や茶会の度に新調したドレスは、流行遅れにならないうちは姉妹や親戚に渡したりするが、大半はマダムのようなメゾンが買い取る。買い取られたドレスはリメイクされ裕福な庶民がメゾンから買っていくのだ。
炭酸水景気で羽振りが良くなったバルクの商会の奥様やお嬢さんに帝国のドレスの人気は高く、夏から秋までマダムは何度も帝国とバルクを往復していたらしい。
「それもこれも、アデライーデ様のお陰ですわ」
「え…?私の?」
「炭酸水の流行で、それに携わる荷運び商会や馬主達の羽振りが良いですし、ガラス瓶を扱う工房や商会の奥様のお客様も増えましたわ。帝国からバルクの王都に来るたびに活気づいているように感じます。バルク国内だけではありませんのよ。帝国でもバルクへの街道沿いの街の道の整備で土木商会が活気づいてますわ。おかげで道が良くなってバルクに1日早く着けるようになりましたのよ。この発展はすべてアデライーデ様のお陰ですわ」
マダムは、アデライーデの手に手を重ねて感謝をしていた。驚いた顔をして言葉をなくしているアデライーデを見て不思議そうな顔をして、もしかしてと尋ねた。
「まぁ、ご存知なかったのですか」
「えぇ、あまりここではそんな話は聞かなくて…。炭酸水がよく売れているのは知っていましたけど」
――王都がそんなに賑わっているのかしら。そう言えばメーアブルグに行った時も、すごく人が多くなっていたわね。でもあれはペルレ島の開発でよね…。じゃ、炭酸水とは別よね。
陽子さんは知らない。
新しい産業が起こるという事がどれだけ経済効果を産むかということを。年代的にバブル景気を経験しているとはいえ、陽子さんが子供の頃には既にインフラや流通がある程度整っていた。しかも、今は離宮に住んでちょっと世間とは離れている。目の当たりにはしていないので発展しているという事にピンときていないのだ。
炭酸水が売れて、少しバルクに貢献できた程度の認識だった。
だが、マダムは商売人である。そのマダムが商うドレスは贅沢品だ。そのドレスが飛ぶように売れ、馬車の轍の残る道が石畳の道になっていくのをお尻で実感しているマダムは、急速なバルクの発展を確信していた。
「帝国のカフェもアデライーデ様のお声でできたと聞きましまわよ。もうすごい人気でしたわ」
「マダムもカフェに行かれたの?」
「もちろんですわ。お得意様に誘われてプレオープンに連れて行ってもらいましたけど…。素晴らしかったですわ。お料理も給仕達も!今は帝国で1番予約がとれないカフェになっていますわ。あのお料理もアデライーデ様のレシピだとお伺いしましたわ」
「確かにカフェをつくれば良いと言ったのは私ですし、レシピも私のものですが、実際にカフェをつくる為にアイディアを出してくれたのはティオ・ローゼンですわ。それに実際に動いてくださったのは彼女のお友達の男爵夫人ですし、お料理も作っているのはバルクの料理人達ですわ。私がした事はただのきっかけですわ」
「まぁ、ティオ・ローゼンも…彼女も今バルクにいらっしゃるの?」
「ええ、今はある事をお願いしているので、村に滞在して貰ってますわ」
カフェが成功した事はマダムからの話で確かだと思うが、その成功すべてがアデライーデだけの力ではない事は声を大にして言いたい。
「アデライーデ様、才能や実力のある者などごまんといますのよ。でも、それを発揮できるきっかけが無いのがほとんどなのです。特に女性はね」
「………」
「なので、そのきっかけを作った事は素晴らしいことなんですのよ。アデライーデ様の事は帝国でもバルクでも話題になってますわ」
「え…」
「マダム、アデライーデ様の事が帝国で話題になっているってどうしてですの」
マリアもマダムの一言に身を乗り出して尋ねた。
「あら…本当にご存知ないの?」
マダムは、驚いたように手を口にあて目を丸くして2人を見つめた。