190 雪と宝石
「昨日はお出迎えもせずに寝入ってしまって申し訳ありません」
朝食の席でアデライーデがアルヘルムに詫びると、アルヘルムは絞ったレモンを垂らした炭酸水のグラスを置いた。
「いや、元々訪れるのが遅くなった私が悪いのだ。これからも遅くなる時があるだろうから、その時は先に休むように」
「ありがとうございます」
「実りの祭りは盛況だったようだね。見られなくて残念だったよ。楽しかったかい?」
「えぇ、とても!来年はぜひアルヘルム様も参加なさってくださいね」
「あぁ、楽しみにしてるよ。ところでまた何やら、作っているんだって?」
「えぇ、素敵なものを拾いましたの。あとでご覧にいれますわ」
朝食を済ませ、アデライーデはアルヘルムと一緒にキッチンに行くとエプロンをつけ白くカラカラに干された海藻を取り出した。
「面白い海藻を見つけましたの」
「海藻が珍しかったのかい? そうか…貴女は海藻を見たことがなかったか…」
海のない帝国から来たアデライーデが初めて見る海藻に興味を持ったのだとアルヘルムは思ったようだ。
−−しかし海藻は口にするものでもないはずだが…。
−−いえ、見た事も食べた事もありますよ。むしろワカメとかヒジキとか大好きなんだけど、バルクでは全く食べないみたいね。
貝拾いの漁師たちに尋ねても、海藻は浜の景観を損なう邪魔者扱いで見向きもされていなかった。お金を払うから集めてほしいと頼んだ時には「こんなものを拾うのにお金を払うとは酔狂な事だ」と言われ「旅行の記念なら、こっちの貝の方が良いよ」と大きな巻き貝をいくつかついでに拾ってもらったのだ。
「えぇ、(この世界では)初めて見ましたわ」
天草自体は海に生えている(?)時は鮮やかな赤紫色だが、何度も干して洗ってを繰り返して細かいごみを丁寧に取り除くと黄色味のある白っぽい色になる。
何日も洗って干してを繰り返した天草を鍋に放り込み、水がぐらぐらと沸騰したら癖の少ないホワイトワインビネガーを計量し鍋に入れ、さらに煮込むこと30分でだんだんと湯にとろみがついてきた。
漉し布で濾して、ぎゅーっとフライ返しで押さえて搾りもう一度鍋に入れて2回目を煮出すことができるので、1回目の半分の水と酢で薄めの寒天液を作った。
出来立ての寒天液をアルトに渡し、地下の保存室から昨日作っておいた寒天が入っているバットを出してもらった。
アルトは透明な寒天と、2つの白い寒天のバットを出してそれぞれを切り銀の器に盛り付けていく。
「これで出来上がりですが、食堂に移りましょうか?」
「いや、ここで良いよ。見ていると面白いな。どんな物ができるか楽しみだ」
アルヘルムは、マリアが出した椅子に座り興味津々にアルトの手元を見ていた。
アルトは、蜂蜜とレモンやオレンジのジュースと葡萄やりんごの角切りが乗った皿を出してきて、深めの小鉢のような器に盛り付けた。
「蜂蜜や生クリームをかけてお召しになってください」
アルトに言われ、アルヘルムがフルーツと一緒にパフェのように盛られた寒天に蜂蜜をかけて口にすると、つるんとした寒天がフルーツの味と混じり合いその食感の違いも楽しめた。
「食感が面白いな。ゼリーのような感じだろうか。これは元々の味が無いのか?」
「ええ。これそのものは無味なのですが、味がないので色々味付けできるんですわ」
今度はアルトは白い寒天を2皿出してきた。足の長い銀のアイスクリームを盛るような器に四角い白い寒天の上に蜂蜜漬けのレモンスライスがのっていた。
「ミルクと一緒に固めたものです。上は蜂蜜レモンのソースをかけます」
小匙を手に取り寒天にかかった蜂蜜レモンのソースと一緒に口にすると、ミルク寒天に蜂蜜レモンのソースがよくあってた。さっぱりとした甘さでいくらでもはいりそうである。
「美味しいな。そちらはソースはかけないで食べるのかい」
ミルク寒天を気に入ったのかアルヘルムは、ぺろりと食べてもう一皿の白い寒天を見て尋ねた。
「こちらはこのままで、どうぞ」
小さなフォークで口に入れた『それ』はミルク寒天とは違う食感だった。口の中でシュワっと溶ける食感…。
「……これは…口の中で溶けるようだ。甘い雪のようだな」
「そうですわね。淡雪…のようですわ」
アルヘルムは感心して淡雪かんの2口目を口にしている時にアデライーデは、寒天で作っておいた最後の新作を持ってこさせた。
アデライーデはガラスの器に、1つずつ盛ってゆく。
「これは、色ガラス…?」
「いえ、あの海藻から作ったものですわ」
ガラスの器に盛られたそれは、鉱山から持ってきたばかりのルビーか琥珀と見紛うばかりのものだった。
手にとって口に入れると、表面の砂糖が結晶化してシャリッと固いが中は柔らかい。赤いルビーのようなものはザクロの味がして琥珀色のものはカラメルの味がした。
陽子さんは、寒天からミルク寒天と淡雪かん、琥珀糖を作ったのだ。
材料は淡雪かんは寒天と砂糖と卵白。琥珀糖は寒天と砂糖とグレナデンシロップと飴色のカラメルソースである。
寒天さえあれば他の材料はこの世界でも手に入れやすいし、簡単につくれる。陽子さんが小さい頃、港町に住む親戚から毎年のように送られてきた乾燥天草で母親がよく作ってくれたのが、この淡雪かんと琥珀糖だった。
早く食べたくてきちんと粗熱を取らずに作ると、2層に分かれる淡雪かんだが、今回は失敗せずにきちんと作れたようだ。
「これが…海藻から作られるのか。アデライーデ…どうしてこの事を?」
ギクリ……
−−来たわ…絶対なぜ知っているかと聞かれるわよね。今回は内陸の帝国で海藻の本を読んだという言い訳は、無理すぎて使えないわ…
「あの…海藻が食べられたら良いなと思って…色々試しているうちにできました」
嘘ではない。本当に食べたかったし、昔作ったとはいえ分量などはうろ覚えだったので試行錯誤したのは事実だ。
「食べたいと思った?あの海藻を?」
「え…えぇ。たくさんあって誰も食べないのであれば、もったいないなと思って…。食べられれば、材料費はただですもの…」
「くっ!」
アルヘルムは思わず吹き出して笑い出した。
「そんなにおかしいですか?材料費が安いって大事なことなんですよ」
「ふっ…くっ…、いや笑ってすまない。うん。大事な事だね。偉いなアデライーデは」
アルヘルムはアデライーデの頭を撫でながら、小さな子供を褒めるように褒めた。
−−チョット、バカニサレテイルキガスル…。
ムスッとした顔をしたアデライーデに気がついたアルヘルムは慌てて、アデライーデを抱きしめた。
「すまない、馬鹿にしたわけじゃないんだよ。怒らないで。ただ貴女はいつも私を驚かせる理由で色々なものを作ってくれるから…」
そう言ってより一層強くアデライーデを抱きしめてた。
「貴女を見ていると楽しいんだ。次は何をして私を驚かせてくれるかと思ってね」
アルヘルムは今度は、アデライーデの額にキスをした。