19 裏地の刺繍
マリアをマルガレーテの退出の為に呼び、別れを告げてホッとしているとマリアが部屋に入ってきた。
茶器を片付けた後、マリアはうっとりと鴇羽色のドレスを眺めている。
「素敵ですねぇ。今までもいろんな方にお仕えしてドレスを見る機会は多かったのですが、こんなに素敵なドレスは見たことがないです…」
「そう?」
「ええ!仕立ても素晴らしいし…それにこの鴇羽色って幸せの色と言われているんですよ。既婚や年配の方のドレスの一部に差し色として使うことはありますが、若い女性しかドレスでは仕立てないです。大抵は両親が娘の幸せを願って社交界デビューの時に仕立ててくれます。グランドール様はベアトリーチェ様の代わりにアデライーデ様にお作りになったのでしょうね」
「そう…そうかもね」
成人式の着物みたいな感じね。親が子のために用意する最後の衣裳…
ベアトリーチェも用意したかっただろうな…
陽子さんは、どうしても今はアデライーデよりベアトリーチェの気持ちを考えてしまう。
私も用意したかったな…見たかった。
薫は、苦しい着物はイヤだとその分を短期留学代にあててほしいと言われ少々モメたが雅人さんの「好きにさせればいい」の一言で薫は、留学していった。
陽子さんは、ドレスに近寄りそっと触れてみる。
柔らかい生地はしっとりとした光沢があり絹のような指ざわりがする。繊細なレースは広めのデコルテを少し隠すように使われている。まだ14才のアデライーデには少し大人っぽいようなデザインだったがレースのおかげで品良くなっている。
「アデライーデ様、もし良かったら裏地に一刺し縫ってもよろしいでしょうか?」
「一刺し、何を縫うの?」
「母親や姉妹が成人する娘のために裏地に何か簡単な刺繍をするのです。私は刺繍はちょっと…難しいので一刺しだけでもと思いまして」
「マリア…ありがとう!嬉しいわ」
マリアもきっと家族にそうされて祝ってもらったんだろう。
「ねぇ、マリアの時はどうだったの?」
「私の時でございますか?」
マリアはいやーな顔をして答える…
「私の時は母のお古を仕立て直しまして…」
「あら、素敵じゃない?代々のアンティークドレス」
(そう言えば最近お母さんの着物で成人式ってテレビでやっていたわね)
「アデライーデ様、あれはアンティークなどではなく、古着です!
裏地の刺繍は、シミかと思いましたもの」
母親のドレスを、きれいに洗ってからあーでもないこーでもないと言いながら仕立て直した事、父親がデコルテが広すぎる!と注文を出しなかなかデザインが決まらなかった事などを教えてくれた。
(いいご家族なのね)
陽子さんはほっこりしながらマリアの話を聞いていた。
刺繍自慢の母親は紋章を入れたりするらしいが、マリアのご実家は「実用縫い」一辺倒だったらしく芸術的な「何か」が縫われていたらしい。
陽子さんはアデライーデの裁縫箱を持ってきてもらい、好きな色を使ってと差し出した。アデライーデの裁縫箱は上部が開き3段の引き出しがついているそれ自体がとても美しい飾り彫りの入った裁縫箱だった。
上部には針と針山と色とりどりの刺繍糸が収められていた。その中からマリアは薄い緑の糸を選びスカート部分の裏地に三針ほど縫ってくれたので糸切りバサミを探して引き出しを開けた。
1番目の引き出しに刺繍枠に挟まったままのハンカチを見つける。
(これは…)
引っ張り出すと盾を背景に2匹のライオンが百合を咥え向かいあっている紋章の周りを蔦が取り囲んでいる見事な刺繍だった。
「フローリア帝国の紋章でございますね。蔦が紋章を囲んでいるのはアデライーデ様のデザインですか?」
マリアがアデライーデに尋ねる。
「そう…ね…」
陽子さんは、指で刺繍をなぞる
そして、ハンカチを引き出しにしまい次の引き出しを開けると糸切ばさみを見つけマリアに差し出して糸を切ってもらった。




