188 祭りの夜と報奨
「間に合わなかったな」
すっかり暗くなった離宮への道を馬車に揺られながらアルヘルムは思っていた。
今日はアデライーデが離宮の女主人になって初めてのシードルフ村の実りの祭りだった。
もちろんアルヘルムも招待を受けていたが、タクシスが帰国して溜まった閣議が長引きこんな時間になってしまったのだ。
馬車は警備隊の訓練場へ向かった。
陽の落ちた訓練場には、かがり火が焚かれ兵士達や村の若者達がそれぞれに祭りの余韻を楽しんでいた。
アルヘルムは訓練場の端に馬車を停めさせ、2人の護衛騎士を連れて兵士達の中に入っていった。
「陛下!」
「そのままで…。今日は祭りなのだから私も参加者の1人で頼むよ」
アルヘルムに気がついた兵士達は、木のジョッキを置いて席から立ち上がろうとしていたが、アルヘルムは軽く手を上げそれを止めた。
空いている椅子に腰掛け、護衛の1人に何か適当に持ってくるように言うと、護衛は木のジョッキに入ったレモンチューハイを持ってきた。
少し緊張気味の兵士達を前に、渡されたジョッキのレモンチューハイをぐーっと飲み干して同じテーブルの若い兵士に話しかけた。目上の者が自分達と同じ酒を飲む時は無礼講の暗黙の了解である。
「今日の祭りは楽しかったか」
「は…はい。もちろんです。アデライーデ様が考えられた競技は、とても楽しかったです」
「ほぅ、どんなものだ」
アデライーデが考えた競技ではなく、陽子さんが慣れ親しんだ運動会の競技なのだが、初めて体験する皆にとってはそうなのだ。
兵士達は口々に、今日の運動会の話をし始めた。
槍投げや弓競技はともかく、フル装備での徒競走に村の子供に負けた話やパン食い競走やマシュマロ走の話を、楽しそうアルヘルムに話しだした。
「で、誰が勝ったんだ?」
「パン食い競走はこいつです。こいつの賞品は1年間毎日花束をもらえる権利なんです」
「1年分の花束?」
「はい。彼女に1年間花を贈れます」
兵士にしてはひょろっとした男が、ヘヘッと笑いながらアデライーデ手作りの目録を大事そうにアルヘルムに見せた。彼女はリリーという村の炭酸水工房に勤める若い娘だと言う。
村の食堂で知り合って、時々話す程度の仲らしいが相手もまんざらでもないらしい。
花を渡すのを名目に彼女に会いに行けると言うと、周りの兵士から笑ってない目をして「頑張れよ」と、バンバンと肩や背中を強めに叩かれていた。
「二人三脚の優勝者達には、王都で好きな芝居を10本観れる権利とオイルサーディン1年分らしいですよ」
護衛の騎士がそっとアルヘルムの耳元で囁いた。
芝居好きな新婚の奥さんを持つ兵士と子沢山の兵士が隣のテーブルで目録を眺めながら、赤ら顔で何度も乾杯をしていた。
「普通、報奨と言えば剣や盾などではないのか?」
「陛下、アデライーデ様が本人に選ばせたのですよ」
アルヘルムがけげんな顔で兵士達にそう問うと、知らせを受けたコンラディン隊長が後ろからアルヘルムの質問に答えた。
「コンラディン。今日は大儀であったな」
「いえ、陛下。とても良い日でございました。兵士達も日頃の訓練の成果の一端を披露でき喜んでおります。そして報奨に自分の好きな物を望めたのですから、何よりでございましょう」
各競技の優勝者への賞品になにを出すかの話になった時に、アデライーデは自分の持参した宝石を出そうとしたのだが、レナードに猛反対された。
それはそうだ。
村祭りのイベントの商品に、皇女の持参した宝石を出すなどありえない。バルクの貴族の耳に入るのもそうだが、帝国の耳に入ったりすれば何某かのトラブルになり得ると、レナードは譲らなかったのだ。
賞金は生々しいと、結局本人が望むものを賞品にすると言うことで落ち着いた。
奥さんへの新品の服を望む者。年老いた祖母へロッキングチェアを望む者。娘の嫁入りのベールを望む者。意外に剣を欲しがる者はいなかった。
子供達は村の雑貨店で好きなお菓子をもらえるようだ。
それぞれが望んだ商品の目録を渡され、嬉しそうだったとコンラディンはアルヘルムに報告した。
「御前での競技をアデライーデ様はとてもお喜びくださいました。兵士達の士気もあがり私も隊長として本日は良き日、良き祭りでございました」
「そうか?」
「いやはや、アデライーデ様はいつも面白いことをお考えなされる。食事の質が上がった時も士気が上がりましたが、見てください」
コンラディンが指差した先には、若い兵士と村娘の初々しいカップルが数組とそれを羨ましげに見ている兵士達がいた。
「カップルの兵士達は今日の競技の優勝者なのですが、それを見ている奴らは来年は自分が優勝して彼女をつくるのだと意気込んでおりましてね。明日から鍛えがいができそうですよ」
訪れる者の少ない離宮の警備は、単調な警備が続き人の出入りの多い王宮の警備よりだらけがちになりやすい。
運動会は良い意味で刺激になったようだ。
「王宮の兵士達の訓練も見学日を設けるべきかな」
「良いのではないでしょうか。今日のような『励み』になると思います」
コンラディンはにっこりと笑って、木のジョッキに入ったレモンチューハイをグビリと飲んだ。
暑い日が続きますね。
作者は夏バテで少し体調を崩しています。
皆様も体調に気をつけてくださいね。
更新を楽しんでいただけたら幸いです。