187 秋のシードルフ村祭り
「本日お集まりの皆様、炭酸水の出荷も秋になり落ち着いてきたので、秋のシードルフ村祭りを開催します!」
離宮の警備隊、シードルフ村の村人、炭酸工房の皆と子供達を前にアデライーデが挨拶をすると、皆大きな拍手をして歓声を上げた。ここは離宮の警備隊の訓練場だ。
今年、炭酸水工房増築やアデライーデの警備隊も増員され村は去年の人数の倍近くの人が増えた。
若い村人が増えたおかげで村の暮らしも賑やかになり、生活も以前より豊かになったとシードルフ村の村長のガリオンが久しく行われてなかった秋の実りの祭りを復活させ、アデライーデを祭りの際に讃えたいとレナードに申し入れに来たのだ。
秋の実りの祭りは先王がご存命の時は行われていたのだが、先王が身罷られ村の若い者も少なくなりすっかり行われなくなっていたのだ。
ガリオンとレナードは揃ってアデライーデに話しに来ていた。
「私を讃えるって、そんな事…いいわ」
「アデライーデ様のお陰で村が昔の活気を取り戻したのです。それに折角の村の皆からの申し出なのです。感謝の気持ちを受け取ってあげていただけませんでしょうか。それに国を上げての豊穣祭の前の実りの祭りは各村でもやる事ですし」
「うっ…」
レナードにそんなふうに言われたら断りづらい。しかし自分が祭りで讃えられるなぞ、絶対嫌だ…。
「お祭りって、何をするの?」
「実りの祭りですので食べたり飲んだりですが、アデライーデ様のお名前を書いた垂れ幕を張り、アデライーデ様を讃える歌や踊りを献上致します」
−−絶対に!いや!!
踊りはまだしも垂れ幕や讃える歌なんて…。でも、折角の好意を無碍にできないし……。何か代わりに…何か…。そうだわ!
「そのお祭りって、村の人や私が楽しめれば良いのかしら?美味しいものを食べて笑って楽しめれば…」
「さようですな…。祭りですので」
「村の警備隊の兵士も参加しても良いの?」
「それはもちろんです。彼らも村の一員ですので」
「踊りはやって欲しいわ。村の人たちにも兵士達にも子供達にも、私がやってほしい事をしてもらえるかしら?」
「?? はい。お望みとあらば…」
「じゃあ、決まりね!待っててすぐにしてほしい事を書くわ!コンラディン隊長も呼んでくれる?」
警備隊の兵士やコンラディン隊長には、急な話でちょっと迷惑かもしれないけど、きっと楽しんでもらえるはずとアデライーデは紙とペンをマリアに持ってきてもらった。
「では、最初の競技は兵士の組別対抗の徒競走だ!アデライーデ様の御前である。皆頑張るように」
「おおー!」
コンラディン隊長の一声から徒競走が始まった。
訓練場は、小学校の運動会のように白い石灰で線が引かれ村人達はその周りにピクニックのように敷物を敷いて座り兵士達の応援をしていた。
そう…村祭りという名の村の大運動会である。
アデライーデは、自分を讃える歌より競技を楽しんで自分に見せてくれる方が嬉しいわとレナード達に言ったのだ。
「ふむ…御前試合のようなものでしょうか。確かに娯楽を兼ねて普段の訓練の一端をアデライーデ様に見ていただけるのは警備隊としてはありがたいです」
コンラディン隊長が顎を撫でながら言うと、元騎士だったガリオンがほうほうと頷いた。
「槍投げに弓技…。確かに兵士達の励みとなりますな。しかし秋の実りの祭りとは少し違うかと…」
「それは…今年とれた小麦を使ったたい焼きを出すわ!新作よ」
「たい焼き…?」
それも少し違うのではないかと思うが、アデライーデは押し切った。もちろん村の皆が楽しみにしているダンスなどもやってもらいましょうと話をまとめた。
「きゃ〜!あの人早いわ」
「すごいわ!3人抜いたわよ!」
「頑張ってぇ!」
若い炭酸水工房の娘さん達や食堂のお姉さん達の黄色い声に、兵士達は良いところを見せようと俄然張り切って走る走る!
徒競走の次は弓を使った的あてや、槍投げ。村人自由参加のストラックアウト、ワイン樽転がし、網やはしごを使った障害物競走や、二人三脚、パン食い競走、マシュマロ競走、綱引きと競技が進んでいく。
若干走る競技が多いが、後ろ手で縛られた兵士達がぴょんぴょん飛びながら必死の形相でパンに食いつくパン食い競走と、コーンスターチの中にある大きなマシュマロを手を使わずに探し当てて真っ白な顔になって走るマシュマロ競走は、みんなに大受けであった。
意外だったのは、武具を着け槍と盾を持った兵士対石板を持った子供達の対抗リレーである。
「頑張れ!」
「負けるな!」
最初は兵士の方が早いが、重い武具を着ているので最後は子供達の方が早くゴールしたのだ。
「やったー!勝ったよ!」
「よくやったな!」
「はぁ…はぁ…ま…負けた」
子供達も、兵士達に勝って歓声をあげる。
大人も子供も初めて参加したアデライーデの言う実りの祭り…という名の運動会を楽しんでいた。
兵士達と村人達との親睦も兼ねて、皆が参加できて楽しめる新しい祭りだ。もちろん垂れ幕もしれっと『秋のシードルフ村祭り』にした。
昼食はアデライーデからの振る舞いとして、離宮の料理人達に用意してもらった。から揚げやとんかつはもちろんだが、アデライーデが作らせていた「たい焼き」の屋台やホットサンドやりんご飴やフライドポテトの屋台が並ぶ。
今回はじめてお披露目をしたたい焼きの中には、ベーコンや卵や味付け肉を入れたものや、ベリージャムやカスタードクリームを挟んだものも作らせた。
「こりゃいいな。魚の形の食べ物か!海の街のメーアブルグの名物になるよな」
「あれ…こっちは豚の形だ。ミートソースが入ってる」
「こっちはひよこの形だよ。かわいいよ。中はカスタードクリームだ!」
「りんごに飴がかかってるのね。美味しいわ」
「温かいサンドイッチって珍しいわ」
ワイワイとした昼食が終ると、村人によるヴァイオリンや太鼓での楽しげな演奏に合わせて、娘さん達のダンスが始まった。
バルクの庶民の伝統的なダンスらしく、女性は色とりどりのスカーフを片手にもって、ひらひらさせながらくるくると回っていた。
アデライーデが可愛らしいダンスだと見ていると、娘さん達は村の若者や兵士達に向かって、スカーフをひらひらさせだした。ひらひらされた兵士達は、嬉しそうに娘さんの手を取りダンスを始めたのだ。
「ねぇ、村長。あれはダンスのお誘いなの?」
「えぇ、そうです。ああやってダンスを誘ってスカーフを受け取ってもらったら付き合っても良いと言うことなんですよ」
「まぁ…積極的なのね」
「村では随分久しぶりに見ました。実りの祭りは出会いの祭りでもあるんですよ」
庶民は秋祭りに付き合い始めて、翌年の春に結婚をするカップルが多いのだ。
ダンスが終わり、祭りの終わりをコンラディン隊長が告げアデライーデが挨拶をすると、村人達から囲まれた。
「アデライーデ様、感謝を込めて」
「感謝しております。アデライーデ様」
「ずっと、離宮にいてくださいませ」
村人も炭酸水工房で働いている孤児院出身の子達も、アデライーデのお陰で、今の村の生活やバルク全体がすごい勢いで良くなってきているのを知っている。
知らないのはアデライーデだけだ。
発展してきているのを知ってはいるが、それがどれほどのことか実感できていないだけなのだが…。
「ありがとう。えぇ、ずっとここにいるわ」
皆から渡される秋の花を束ねた小さなブーケを手に、アデライーデはにっこりと微笑んだ。