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183 皇帝と父親


ローザリンデが豪奢なドレスを脱いで、湯浴みをし夫婦の居間に入ると、エルンストがワインを飲みながら広間から引き上げさせたサンキャッチャーを眺めていた。



「気に入った?」

「あぁ」



控えめなシャンデリアの明かりを反射して輝くサンキャッチャーを満足げに眺めながら、エルンストはローザリンデにワインを勧めた。



「影達の報告と相違なかったわ。このサンキャッチャーの事は報告になかったけど。宰相の話ではシャンデリアを造っているようね」

「そうか」


「アデライーデは、大切にされているようよ。アデライーデからの手紙とバルク王宮と離宮にいる影達からの報告からも同じ話が聞けているし、宰相殿からの話でもアルヘルム王と仲睦まじくしているのがうかがえるわ」



離宮には庭師として帝国から影が入っている。

影達は離宮の下働きや料理人、村の者達と目立たぬよう少しずつ交流を続け馴染んでいく。彼らは老人であるが…いや老人であるがゆえに警戒心を持たれずに地域の中に入り込み情報を収集するのだ。


影達からも「アデライーデ様は離宮に移られてから色々な物を造らせ、またレシピなどのご研究を始められている。バルク王はアデライーデ様を大い評価され、その為に離宮にレシピの研究室を作らせた」と報告があった。



ローザリンデがワイングラスをテーブルに置いて、エルンストに笑いかけた。



「まぁ…宰相が実は王と正妃の仲が悪いのですとは言わないだろうけどね。仲が良いならばそれで良い」

「あら、気のない返事ね。アデライーデが輿入れ先で大切にされているというのに…。もしかして戻ってきて欲しかったの?」



「………いや…そうではないよ。良かったと思っている。ただ少々…何というか複雑でね。素直に喜べない自分がいる」

「父親としての嫉妬なのかしら?」

「……」



エルンストは、もちろんアデライーデが幸せになる事を望んでいる。仮に帝国に戻ってきたいと言われれば万難を排してでも迎え入れるつもりだ。しかし報告を聞く限りアデライーデが戻ってくる気配は全くないようだが。



幸せならそれで良い…。

ただ、自分の手元にいた頃に幸せな幼少期を過ごさせてやれなかった後悔がエルンストの中で無くなることはなかった。


アデライーデが輿入れ先で自分が与えてやれなかった幸せを掴んでいるのは父として嬉しいことだが、アデライーデに幸せを与えられているアルヘルムに嫉妬のような少し胸が焦げる気持ちがあるのも否めない。



「バルクは、ガラスの産地でしたけどこの様な透き通るガラスを造れるようになるとは、思ってもいなかったわ。ずっと研究をしていたのかしらね。このガラスをクリスタルガラス、この飾り物をサンキャッチャーと名付けたのもアデライーデなんですって」

「ほう…アデライーデが。良い名付けだ。水晶の如きガラスに『太陽を掴むもの』か…。アデライーデには名付けのセンスがあるな」

「本当に、親ばかね」



ローザリンデがクスクスと笑うが、エルンストは気にせずサンキャッチャーを眺めていた。ローザリンデはワインをバルクの炭酸水に変えて飲み始めた。最近はもっぱら最初の1杯だけワインで後は炭酸水を飲むようになっている。



「そうそう、バルクが港の整備を始めたそうよ」

「メーアブルグは遠浅で大型船が寄港できなかったはずじゃなかったかい」


「ええ、だから沖合の小島を寄港地として整備を始めたみたいよ。影からの報告によると、すでにいくつかの商会の船は寄港し始めているみたいね」

「早いね。整備を始めたばかりだろう?」


「ええ、小島の港の完成は数年先の予定らしいわ。まだ完成はしていないけど、アルヘルム王の指示で先に利用させているみたいよ」

「利を優先させたか…。聡いね」


「すぐに頼んだ方がいいかしら?」

「そうだね。造船するなら最短でも1年はかかるだろうし」



元々皇女の輿入れ先としてバルクに白羽の矢が立ったのは小さくとも港があるからだ。帝国は先の戦が終わり平和が訪れれば、南の大陸−−ズューデン大陸−−と交易を持つ予定であった。


当初、アデライーデが輿入れし数年ほど様子を見て良好な関係が確固になったのを見計らってから、港の整備の依頼や造船の話をしようと思っていたのだが、バルクは自力で港の整備を始めた。


きっかけは皇后が引き立てた炭酸水だろうが、そのチャンスをものにし、ここまで広めさせたのはバルクの努力だ。

帝国にも引き立てた見返りに、炭酸水の産業が興ったのだから悪くない引き立てであった。


そして、間を置かずにこのクリスタルガラスで出来たサンキャッチャーを献上してきた。


このクリスタルガラスで造られるであろうシャンデリアは、これからバルクの主要産業となり莫大な利益をバルクに落とすのは間違いない。



「港の整備費用を出してあげなくても、自力で捻出できそうね。帝都で出すというカフェも面白そうな事を考えているみたいだし」

「みたいだね。楽しみだ」

「アデライーデをバルクに輿入れさせて良かったと思わない?」


「……。今のところはね。正式に結婚が済んでからだよ。まだ白い結婚期間中だ」

「あら…。お父様は手厳しいのね」



ローザリンデは、炭酸水を飲み干してエルンストにもたれかかるとサンキャッチャーを見つめながら微笑んだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] >ただ、自分の手元にいた頃に幸せな幼少期を過ごさせてやれなかった後悔がエルンストの中で無くなることはなかった。 そもそも、アデライーデが自分のことを恨んでいると思い込んでコミュニケーション…
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