179 カフェと公爵夫人
「皆さんには、ここで給仕のお仕事をしていただきますが、していただくのは、ただお料理を給仕してもらうだけではありません。お客様に夢を売っていただきたいのです」
「この素晴らしいお店で過ごす時間が、夢の時間であるように。そう…このお店が貴方達の舞台。貴方達は主役で、お迎えするお客様が観客なのです」
ソフィーがそう言って揃えた給仕は、帝国の舞台役者や演奏家、声楽家のたまご達だった。まだ売れない彼らの生活は苦しい。仕事もたまにしかない彼らにとって、まかない付きの給仕の仕事は何よりありがたかった。
お客様とプライベートの交流をしないという約束や、その他諸々のお約束事はたくさんあったがそれらさえ守れば、本業を優先できてお給料も良いこんな話はめったに無かった。
芝居好きのソフィーが音楽会や舞台を見にゆき、これはと思う者に声をかけ、クルーゲが睨みをきかせながら集めた給仕たちはみな惚れ惚れするようなイケメン揃いだった。
甘いマスクの王子様タイプ。クールなイケメン。知性的なイケメン。可愛らしい美少年。野生的なナイスガイ。騎士のような凛々しい若者、そして渋いおじ様…と、そのバリエーションも多岐にわたる。
バルクから派遣された給仕も、正統派のイケメン揃いでソフィーは「素晴らしいですわ…絶対に評判になりますわ」と大満足していた。
人材が揃うと、王都で評判のテーラーに給仕のお仕着せを仕立てさせた。流石に舞台役者たちの着こなしは素晴らしく黙って立っているだけで絵になるさまである。
そこから、給仕としての猛特訓が始まった。
みな、給仕の仕事をしたことがあるらしくそれなりにできるのだが、王宮務めの給仕達には敵わない。
それでも日を重ねるごとに、メニューを覚え2週間もした頃にはバルクから来た給仕長から「最初は補助からやらせてもいいか」とのお墨付きを得るまでになった。
ソフィーは改装が済んでから給仕達が特訓をしている間にも、ソフィーの亡くなった夫の美術商時代の友人のつてを頼り、手頃で趣味の良い調度品を集めていた。
小部屋1部屋1部屋にテーマを持たせて、テーマにあうアンティークの家具や調度品を配置していく。
子爵の屋敷はそれまでの良さを活かし、息を吹き返したような華やぎを増していった。
ソフィーはアメリーと共通の友人達にお願いして毎日何度も給仕たちに実施訓練を行った。
友人達も喜んで協力してくれ「絶対評判になるわ」「今からでも予約を入れたいくらいよ」「毎日でも通いたいわ」と太鼓判を押してくれた。
王宮の料理人達も最初はオーダーを受けて料理を出すのには慣れず、少し混乱したが実施訓練を繰り返す度に慣れていき、滞りなく出せるようになってきた頃、友人達の助言で帝国で流行りのお店に料理人を引き連れて食事に行くようになった。
「このような盛り付けが流行りなのか」
「ふむ、取り合わせもバルクとは違うな」
「量はこのようなものなのか…。少なくないのか」
「量を減らして、彩りを添えるべきか」
「これは取り入れたらどうだろう」
料理人達も帝国で一流の店に刺激を受けたようで、盛り付けもバルクらしさを残し、帝国の流行りを取り入れる研究を重ねていった。
炭酸水を購入してくれた貴族を招くプレオープンには、クルーゲがリストを出し、女性が好みそうな紹介状にソフィーが丁寧に書いた。
プレオープン前の業者を呼んでのお披露目会には、ソフィーが協力してくれた友人や美術商、改築業者の家族も含めてのリストを出し、クルーゲが四角四面のキッチリした招待状を出した。
お披露目会は、大盛況であった。
美術商達は自分達が勧めたアンティーク家具や調度品を披露しあいネームカードを交換し、改装業者も普段家族に見せることはない自分達の仕事を家族に自慢し、夫人や娘達は滅多に行くことのない貴族の屋敷とイケメンの給仕たちに、目を輝かせた。
もちろん振舞われるフライドポテトやから揚げ、オイルサーディンのカナッペ等の食事やふわふわとしたホットケーキに夢中になったのは言うまでもない。
手土産に渡された、透き通るガラスケースに入った巣蜜にも目を輝かせる。
お披露目会が大盛況に終わり、次は貴族達を招いてのプレオープンの数日前にバルクから1台の馬車が子爵邸に到着した。
従者に開けられた馬車から降り立ったのは、タクシスであった。
タクシスは馬車から降りると、振り返り手を差し出した。
その手をとってゆっくりと降りてきたのは、タクシス公爵夫人のメラニアだ。豊かな栗色の髪を結い上げ落ち着いた臙脂色のドレスの裾を見事にさばき軽やかに馬車から降り立った。
大柄なタクシスと並ぶと少女のように小柄なメラニアは、すっぽりとタクシスの影に隠れてしまう。
「こちらですの?」
「あぁ、そうだよ。長旅で疲れたであろう」
タクシスが優しくそう言ったときに、給仕たちを従えたクルーゲが挨拶をした。
「遠路遥々、ご足労いただき痛みいります。宰相閣下、そしてメラニア夫人…お待ちしておりました」