163 中間管理職と見習い
いつの時代も中間管理職は忙しい。
港の管理の仕事は大変なことも多いが、街が活気づくのを見るのは楽しい事だし島を1から造ることに携われるのもやりがいがある。
しかし、島の整備では初めての事だらけで戸惑う部下に指示を飛ばし報告を受け判断し、また指示を出すと繰り返していたら時間はいくらあっても足りない。
「ヴェルフ様!」
「何だ今度は」
「家具の売り込みです」
「豚の売り込みです」
「蜂蜜酒の売り込みです」
「じゃが芋の売り込みです」
「人夫の引き取りの確認を」
「マダムのお目通り願いです」
「他にも…」
「人夫以外、すべて明日以降だ!断れ!」
「マダム以外、すべて貴族の紐がついてます!」
「む…。仕方ない…それぞれ小部屋に入れろ。私が入ったら15分で呼びに来い!絶対だぞ!」
そう言って、小部屋の1番奥の部屋に入っていった。
空前絶後のバルクの好景気である。
今までの炭酸水とフライヤーでは王家と王家お抱えの職人達や庶民は潤ったが、貴族は何も恩恵は無かった。むしろお金を使った方だった。
帝国への輸出で上げた利益を王は国内に分配するべく木材、石材を領地の大きさや所有する森や石切場に応じて買い上げた。適正価格で…。そう、つまり普段のお値段で…だ。むしろ大量に買うのだからちょっと割引けと言われたくらいでだ。
港の整備をすると閣議で言われ、聞けば数年規模での大型公共事業である。各貴族は領地の代官に早馬を飛ばした。今売れるものの洗い出しと増産や輸送用の人員確保の指示の為にだ。
王家に要請された人員以外自領地でも人手がいるから早めに手を打たないと、待遇が良い方へ人は流れる。
高位貴族は寄子の下位貴族にも声をかけながら…。
高位貴族同士は、少しでも優位な立場になる為の掛け引きを…もしくは利益を食い合わないような紳士協定を結ぶ為に、晩夏のバルクの社交界は色めき立った。
そして、その余波が島の監督であるヴェルフを直撃したのだ。
王から言われた物以外の細々した品の購入決定権は、ヴェルフが握っている。そして子爵であるヴェルフは自分の爵位より高い貴族からの声がけをはねつける力はまだない。
だからこそ、爵位の高い貴族の紐がついている商人達の目通りを無下にはできなかった。
商人達には、食料は決められている価格での買取を告げ定期購入の話は退けた。家具はベッドと職人用の食堂に使う物以外は保留と手短に話をしたが、それでも午前中がつぶれてしまった。
「たまらんな…毎日これでは…」
元々、港町の治安管理がヴェルフの仕事だ。商人相手の取引は苦手な事なのだ。ヴェルフが賄賂を受け取るような性格であれば商人達との話も楽しかろうが、不正を嫌うヴェルフには面倒以外の何物でもなかった。
そういう堅物な性格を見込まれて先王からメーアブルグを任せると直々の抜擢を誉れに思っているヴェルフは、苦痛な午前中を終えると代官室のドアを開けた。
ヴェルフが代官室に入ると、ソファに座っていた老人と少女が立ち上がった。
老人は、王宮の元文官で今は正妃の村のリトルスクールで子供たちに読み書き計算を教えているトーマン・ダボアだと名乗り、こちらはフリーダですと少女を紹介した。フリーダは緊張気味ではあったがきれいなお辞儀をした。
「ヴェルフ・シュルツェンだ」
そう言って2人と握手をすると、ソファを勧めた。
「…その子が計算の得意な子なのか」
「はい、リトルスクールで1番の子です。読み書きも問題がございません」
「ふむ」
海猫亭で船長を送り出したあと、アルトと大食堂で出す料理について話をしていた時の雑談で、計算ができる者が足りないとこぼしたらアルトから村のリトルスクールに計算の得意な子がいる話を聞いたのだ。
軽い気持ちで紹介しろと言ったら、現れたのがこの小柄なお下げの少女だった。
ヴェルフは、引き出しから帳簿を取り出すと計算をしてみろと差し出した。フリーダは持ってきたバックからそろばんを取り出すと2回計算して合計を答えた。
「こっちもやってみろ」
ページをめくり別の計算をするように言うと、同じく2回計算してフリーダは合計を答える。
何回か繰り返して「もう、よかろう」と言うと別室の文官を呼び、屋台でフリーダになにか飲み物を買ってやれと連れ出させた。
「ダボア殿、フリーダが使っていたあれは何だ」
「正妃様がおつくりになったそろばんと言う計算器です。村の子どもたちは計算にはあれを使い練習させます」
「村のリトルスクールでは、あれで計算をさせるのか」
「はい」
「皆あれほど、計算ができるのか」
「フリーダは特別です。あの子は数字がすきですので。そろばんの習得には慣れが必要ですが、足し算や引き算であれば殆どの子は3ヶ月程でそれなりに使えるようになります」
「ふむ…」
「元財務局会計係として、フリーダはお勧めできます。私はあの子を時期が来れば、上の学校を勧め王宮の財務局に推薦しても良いと思う程でしたので」
ダボアは財務局会計課で長く仕事をし村に引越してきた。独り身の気軽さと寂しさで村のリトルスクールの子供たちを教えてきたのだ。
その中でフリーダは特別だった。小さな頃から数字が好きでよく物を数えたり計算している子だった。そろばんがアデライーデから配られたときには誰より夢中になってまたたく間に習得したのだ。
元会計係であったダボアは、王都から学院の会計向けの教科書を取り寄せる程にフリーダに目をかけていた。
遊びもせずにそろばんにかじりついていたフリーダは、よく男の子達にはからかわれ、アデルから話を聞いていたブレンダからアルトに話が伝わるほどだった。
「ふむ…しばらく見習いで様子を見よう」
「ありがとうございます。フリーダも喜びましょう」
そう言うと、ダボアは挨拶をしてフリーダを迎えに行った。