162 接待と船長
「ヴェルフ殿はおられるか?」
スタンリーがメーアブルグの代官所に日の暮れる前にやって来て受付の文官に声をかけた。
「これはスタンリー様、今日はこちらにお戻りに?」
「あぁ、ヴェルフ殿にご相談したき事があってな」
すでに顔なじみの文官はにこやかにスタンリーを出迎え、いつものように応接室にスタンリーを通した。
炭酸水で割ったレモネードが出されてしばらく経った頃、正装をしたヴェルフが応接室にはいって来た。
「待たせたな」
「いえ、こちらも先触れなしの訪問ですから、お気になさらず」
ヴェルフは上着を脱ぐと一緒に入ってきた文官にそれを渡し、ソファにどかりと座った。
「お忙しいようですな」
「お互い様だ」
文官がヴェルフの前にもレモネードを置くと、上着を持って応接室を出ていく。足音が遠ざかるのを確認してからヴェルフはレモネードを半分ほど一気に飲むとスタンリーに用件はなんだと尋ねた。
「誠に申し上げにくいのですが、人夫の補充を願いたく…」
「やはりか…」
スタンリーは、わかっていたと言うようにグラスをテーブルに置いた。
「昨日、船員に賄いの昼飯を奢ったそうだな」
「おや…もうお話がいきましたか」
「昨日の夜、船長から先触れがあって今まで海猫亭で話をしてきた」
「ほう…お話はまとまりになったのですな」
「もちろんだ、相手にとっても悪くない話だからな…」
海猫亭とは、アルヘルムがアデライーデを連れて行ったエビを食べさせるメーアブルグで1番老舗のレストランだ。
昨晩、ヴェルフは帰りしなに船長からの手紙を受け取った。
丁寧に書かれた手紙には、島に停泊中に船員達に食事をさせて欲しいという内容だった。
船員が島でもてなされ、いたく食事を気に入った。ついては帰国までの長い航路の最後の憩いに、是非島で食事がとれるようにしてほしいと手紙には書かれていた。
手紙を受け取ったヴェルフは、御者に王宮へ向かうように指示を出しタクシスのもとへ馬車で向かった。急な目通りにも関わらず夜会を抜け出したタクシスは、ヴェルフから手紙を渡され目を通した。
「良い反応だな、早すぎるくらいだが」
タクシスはそう言うと船長からの申し出を受けろ、その代わりにバルクでも商いを始めたいので、商会の会頭に話を持っていくように伝えろと指示をされた。
「船長を海猫亭で饗せ。女将には話はつけておこう」そう言うと、ヴェルフを労いタクシスは夜会に戻っていった。
そして今日、船長達を海猫亭の2階で迎えこれから島で船員に出すという食事と酒を振る舞った。
離宮から来たというアルト料理長が海猫亭の厨房を借り、フイッシュアンドチップスを始めとした揚げ物料理を振る舞うと船長達もそうだがヴェルフも初めて食べる食事を楽しんだ。
次に寄港する際にはこれと同じものを島で出すと約束をし、会頭へ商談の申し入れをすると船長は快く伝えましょうと約束をして握手を交わしたのだった。
今まででも船員たちはメーアブルグで、補給の間の時間を娼館や酒場で楽しんでいたがそれは一部の船員だった。大半の船員はメーアブルグに降りることなく船に残っていたのだ。
その船員たちも島で食事を楽しめるとあれば、船長にとっても利点は大いにある。
船長からは握手が終わったあと、娼館は島に作らないのかと打診をされた。
1度陸から離れれば、必ず生きて帰れる保証の無い船員たちに酒と女は欠かせない。『板子一枚下は地獄』と言われる危険な仕事の船員達に娯楽を与える機会を作るのも船長の仕事の1つなのだ。
「そちらは追々に…」
「是非ともご考慮いただきたい」
そう言って再度握手をすると、船長は船に戻っていった。
ヴェルフがシャツの一番上のボタンを外し、飲み干したレモネードのグラスにサイドテーブルの上に置かれた蜂蜜酒を注ぐと、スタンリーにも勧めてきた。
スタンリーがそれを受けると、ヴェルフは蜂蜜酒を注ぎ汗をかいている炭酸水のボトルをスタンリーに渡した。
「好きに割って飲んでくれ」
「ありがとうございます」
スタンリーが少し蜂蜜酒に炭酸水を入れてグラスに口をつけると大食堂の工期はどのくらいだとヴェルフが聞いてきた。
「ご用意いただける人夫の数にもよりますが、今のまま大食堂の建設に専念するのであれば半月ほどでしょうか」
「早いな…」
「何しろ『3交代』ですので…。その代わりに倉庫は今のままですが…」
「それは困るな…他の商船にも声をかけるつもりだからな」
「人夫が集まれば大工を建築に専念させれますので」
「5日もすれば各地から人が集まる。今の倍にはなるだろう」
「それまでの間に寮も増やさないと…」
「できそうか?」
「資材はございます、先に寮を作りましょう。出来上がり次第同時進行で倉庫と大食堂の建設を進めます」
「そうか、大食堂ができれば料理人もいるな」
「島に鶏や豚も運ばせないと食材も足りなくなりそうですね」
「うむ…」
「それと寮の管理人から、混み合うので今より風呂場を大きくしてくれと依頼がありました。いっそ大浴場を別に作ったほうが効率が良いかと思いますが…」
「待ってくれ…」
降って湧いた島の開発に、ヴェルフとスタンリーは夜も更けるのも忘れ開発図を見ながら意見を出し合っていた。