161 島とヤギと船員
「では、諸侯らには石材と木材の用意を頼む。各領地で余っている人手を集めるように手配をしてくれ」
「はっ…」
アルヘルムは離宮から戻ったこの日の午後の閣議で島の整備案を打ち出した。驚く諸侯達だったが社交のシーズンで諸侯が王都にいる分話は早かった。
諸侯らが資材を準備する間、王都とメーアブルグでは人が集められ工事の前に島に仮設の寮や食堂等の生活施設が着々と建てられていった。
アルヘルムが離宮で島の整備の話をした時に、アデライーデが日の出から日没までの間に、人員を3組に分け時間をずらして仕事をすれば良い。その方が効率がいいはずだと言っていたのを取り入れたのだ。
普通は日の出から日没まで仕事をさせる。工事に事故は付き物で怪我と弁当は自分持ちが常識だった。
しかし島に職人たちの家もなく医者もいない。しかも家族から離れるのを嫌がる職人も多く、最初に集まった人夫は思うより少なかった。
そこでアルヘルムは小さな仮設の賄い付きの寮を3交代で試しに造らせると指揮をしていた棟梁のスタンリーが唸るほどの早さで出来上がったのだ。
それはそうだろう。
満足いく食事に他より短い労働時間。仕事の集中度は上がり疲れからくる事故も少ない。酒以外の娯楽も無いから十分な睡眠時間もある。怪我をしても無料で診察してくれる医者もいる。
ちょっぴり他より少ない給金だが、10日に1度の休みの日にメーアブルグに繰り出した人夫達の口コミが広がって人が集まり港湾工事が本格的に始まる前に十分な規模の仮設の施設は予想より早く出来上がっていったのだ。
「これが島の開発図だ」
「ふむ」
「貯水場に食料倉庫、備品倉庫。基本的にはこれで足りるが本当にホテルや大食堂を作るのか?」
「あぁ、そのつもりだ。先に港の近くに倉庫を建て奥に歓楽街を造る」
完成まで数年はかかるだろう大掛かりな計画だ。
今でも島の近くに停泊しているのだから倉庫は出来次第すぐに稼働できる。食堂も利用されなれけば倉庫として使えばいい。その食堂にはフライヤーが投入される予定だ。
「船長達には話をしているのか?」
「あぁ、大喜びだったらしい。仮設でも出来次第すぐに利用したいそうだ。メーアブルグまで船を出すくらいなら島から補給できる方が楽だからな」
「岸壁と倉庫が出来次第、すぐに取引だ」
炭酸水で出した利益も無尽蔵ではない、投資した分を早く回収する為に仮設からでも利益は出したいのだ。本来なら国の肝いりで作る施設は立派に作ったあとに式典などをしてから利用されるが、アルヘルムはそうは考えていなかった。
以前からメーアブルグに立ち寄ってくれている商船は、どちらかと言えば規模が小さい。補給が楽にできるのなら仮設だろうがなんだろうが構わなかったからだ。
バルクから石材が運ばれて、補給用の小船が1艘つけられるようになるとすぐに馴染みの商船が島を利用し始めた。倉庫もやっと1棟。それも簡素なもので扉もついてないものだ。
倉庫以外の場所は整地も済んでなく、まだ辺りは草がぼうぼうと生えている。
荷運びを済ませた5人の船員達は、つかの間の休憩時間を島の原っぱで過ごしていた。
「あー、足元が揺れねぇってのはいいねぇ」
「何言ってんだ、すぐに揺れねぇと落ち着かねぇっていう癖に」
「ははっ、まぁ…10日ぶりだからなぁ」
「しかし、何にもねぇな」
「無人島だからなぁ。あれ…ヤギがいるぞ」
足りない人手を補う為にバルクから連れてこられたヤギが草を食んでいた。
「ヤギ乳飲めるかな」
「おい、辞めとけ。せっかくできた補給所で問題起こすなよ!」
「なぁ、あっちからいい匂いがするぞ」
「本当だ。行ってみようぜ」
「おい!」
ヤギの群れを突っ切って原っぱを抜けるとそこには、職人たち用の食堂があった。裏には鶏と豚が飼われている小屋と小さな畑もある。
いい匂いはその食堂から流れていた。
食堂の庭には長テーブルがいくつも置かれ、大勢の男たちが賑やかに食事をしている。中には酒を飲んでいる奴もいる。
…ごくり
「うまそうだよな」
「あぁ…」
「俺ら食えるかな」
「金持ってきてるか?」
財布を確かめて食堂に行くと、ここは職人用の賄いだからと料理人に渋られた。職人は酒以外は何を食べてもいいが船員に食べさせていいとは聞いてないからだ。
「頼むよ。金はあるんだ」
「金の問題じゃないんだよ。許可がねぇと出せねぇんだ」
「そこをなんとか!」
「だーかーらー!」
「何を揉めてるんだ」
料理人と押し問答をしていると、食事にやってきたスタンリーが料理人と船員の間に割って入った。
「棟梁!言ってやってくださいよ。ここは職人用の食堂だから、出していいかどうかわかんねぇって言ってるのに、食わせろってしつこいんだ」
料理人は、うんざりした顔でスタンリーに助けを求めた。
「あ、あんた大工の棟梁か? 俺たち揉め事を起こす気はねぇ。ただ飯が食いてぇんだ。金はある、ちゃんと払うよ」
船員達は、財布からバルクの銀貨を出してスタンリーに訴えかけた。
「財布をしまえ」
「……」
「金はいらん。今回は俺の奢りだ、好きなものを食え。その代わり次からは船長に言え。おい、こいつ等に好きなもん食わせてやれ」
「本当か!ありがてえ。恩に着るぜ」
口々に船員はそう言うと、ホール係が彼らを連れて食堂の利用の仕方を教え始めた。
「棟梁、いいんですかい?」
「いいんだよ。どうせそのうち大食堂を利用してもらうんだからな」
心配そうに聞いた料理人にスタンリーは笑って答えると、自分もテーブルにつき食事を始めた。
「なんじゃ、こりゃ!」
「うめぇー!!」
船員達の驚きの声を満足そうに聞きながら、スタンリーはフライドポテトを口に放り込んだ。